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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第029話 交差路の市

立ち寄りありがとう。深呼吸をひとつ、

今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

石垣の筋が切れ、道は四方へ別れる交差路に出た。杭に括られた指示札、色の抜けた布、荷車の轍が幾筋も重なっている。常設ではないが、市の癖がある場所だ。帆布は締め、荷は見えるように。合図は指で足りる。

「塵は細いのが一本、北東へ。鏡は……なし」カイが風に耳を向ける。

「紙が要る場だ」ヴォルクは御者台の商人へ目をやり、短く頷いた。


 杭の陰に、藍の粉で描かれた小さな点が三つ、斜めに並んでいた。峠の細粒でも、税門の粉とも違う。挽きが粗く、指にざらつく。

「市の耳だね」ライラがしゃがみ込み、点の向きを半刻ぶんだけ回した。「“遅れて来い”に変える」

「待つ間に腹を整える」ヴォルクは隊を市の外れの陰へ移し、短く指を二度鳴らした。


 火は猫の尻尾ほど。ミーナが布袋から粗挽きの雑穀粉を取り、塩を指先、干し野菜を握り潰して香りを出す。水は手のひら二杯。粉にほんの少しの油を落としてまとめ、親指ほどの団子に丸めた。

「水が少ない日は、粒を噛ませる」ミーナは小鍋に薄い湯をつくり、団子を落とす。「香草は揉んで粉にして最後。喉が水を欲しがらない程度の塩」

 湯は静かに息をし、団子の角が丸くなる。干し野菜の甘みが遅れて湯に溶け、香草の粉が鼻先で小さく跳ねて消えた。

 バルドが木椀を受け取り、ひと口すすった。「軽いのに、腹に柱が立つ」

「数字が遠くまで運べる味だ」商人が笑みを薄くし、帳面に一行書く。「雑穀団子の薄湯」


 交差路では、旅人が二組、紙を見せて通り過ぎた。見張り役はおらず、代わりに札を束ねる若者が一本、杭の影で粉を指に付けている。藍の結びは二度。農の系統だ。

「耳は近いが、舌は遠い」カイが呟く。

「なら、こちらは通る舌を使う」ヴォルクは商人に目で合図し、契約書束の上に連邦の印がある紙を重ねた。


 市の外れで、布売りの夫婦が細い天幕を張っていた。商人が油の小瓶と薄焼き二枚を出し、笑みを小さくする。

「道の影を少し借りたい。薄湯の匂いは外に出さない」

 夫婦は互いに目配せし、頷いた。妻が天幕の位置を半尺ほどずらし、風下に布の端を垂らしてくれた。藍の粉は使っていない。代わりに白い粉が布の縁に残っている。小麦の挽き粉だ。

「市は耳が多いけど、腹は一つ」妻は薄焼きを指で割り、息を抜く。「喉が渇かない匂いなら、嫌われない」


 薄湯は一巡で配られ、残りは布で包んで携行に回る。ライラは交差路の杭へ戻り、藍の点が直されていないことを確かめた。北東へ伸びる細い塵が一本、半刻遅れで現れ、すぐに薄れた。

「噂の歩幅は、こちらより短い」ライラが指で地面に線を引く。

「良い。輪になる前に抜ける」ヴォルクは隊列の間隔を少し広げ、風下へ角度を変えた。


 正午過ぎ、交差路を離れる。道は低い草原へ伸び、石は角を丸めている。帆布の影が短く、車輪は歌わない。商人が御者台で帳面を開く。

「本日の勘定:交差路通過、耳の向き変更、雑穀団子の薄湯。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクのいつもの言葉に、小さな笑いが落ちた。


 午後、空が白く揺れ、遠くで鏡が一度だけ閃いた。丘の肩、距離はある。カイが指をひらりと立てる。「一本だけ。輪ではない」

「なら、目に歩幅を見せるだけで足りる」ライラは帆布の位置を半手だけ下げ、影を細くした。


 日が傾く。水は指三本ぶんだけ見つかった。布を湿らせ、鍋を軽く流し、朝の団子をひとつだけ戻す。香草は指で揉み粉。塩は控えめ。

「生きてたら、増やせ」ライラがいつもの言葉を返す。

 灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。雑穀の甘みが喉を通り、足の裏に静かな柱が立つ。

 風は涼しく、噂は遅く、道はまっすぐ前に延びていた。

読了感謝。

ブクマ・評価が次の筆の燃料になります。

いまの気分のスープは「薄味/濃い味」どっち?

また明日。

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