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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第027話 藍糸の目

立ち寄りありがとう。深呼吸をひとつ、

今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。水分と休息を大事に。

夜の涼しさが土壁に残るうちに、納屋の扉を半分だけ閉じて出た。門は静かに開いている。老女は井戸端に座り、こちらを見ないまま手を振った。腰紐の藍糸は緩い二度の縒り――街道の三度とは違う。

「風は東。影が短いうちに距離を稼ぐ」ヴォルクが低く告げる。

「合図は指で足りる」ライラが続け、帆布を一度だけ叩いた。


 土壁が背中で小さくなる。砂礫の帯が戻り、低い草が風を撫でる。カイが耳を風に向け、「塵なし、鏡なし」と短く言ったあと、地面の指先ほどの粉を見つけた。藍。だが粒が粗い。

「峠の糸とも、税門の粉とも違う」ライラが膝をつき、粉を指で潰す。「結びと同じで、耳にも癖がある」

「耳が多くても口は一つ。こちらは鍋だ」ヴォルクは御者台の商人へ目をやる。「紙は腹にならないが――」

「腹は紙を運ばせる」商人が小さく笑った。


 午の少し前、浅い窪地の陰で休止。火はごく細い。ミーナが昨日の薄焼きの残りに、細く裂いた鹿干しと揉んだ香草をのせ、油を指先でうっすら伸ばして巻いた。

「水は使わない。香りで喉を起こして、塩は控えめ」

 ひとかじりで、香草の粉が鼻に跳ね、鹿の脂が舌でほどける。パンは薄く、歯が静かに動く。

「軽いのに、腹に柱が立つ」バルドが肩の力を一つ落とした。

 商人は頷いてメモを取る。「薄焼き包み:鹿干し+香草。数字が遠くまで運べる味」


 包みを配り終える頃、道の先で小さな影が走った。子だ。藪で止まり、棒を二本、斜めに立てて去る。布はない。昼の合図。

「伝い歩きの目。足は軽い」カイが囁く。

「消すより、無効にする」ライラは棒を抜き、別の影へ刺し換えた。戻りの足が迷う角度に。

 ヴォルクは御者台に合図し、隊列の間隔をわずかに広げる。「踏み返しを短く。影だけ増やす」


 道はやがて浅い溝と交差し、乾いた川床の名残を見せた。カイが指を立てる。「……鏡、短く三つ」

「距離は?」ヴォルク。

「遠い。丘の肩。昼に目を合わせたいらしい」

 商人が契約書の束を腰袋に押し込み、笑みを薄くした。「紙の出番、ですね」

「紙は見せる。だが道は選ぶ」ライラが溝へ滑り込み、砂の硬さを足裏で確かめる。「川床を借りる。影が多い」


 川床の影は短くとも、多かった。帆布は風を受けず、車輪は歌わない。背後で、丘の肩の鏡が一度だけ閃き、すぐに黙った。棒の位置が変わっているのに気づくのが、少し遅れたのだろう。

「耳は聞こえるが、口は遠い」カイが頬にパンの端を寝かせたまま言う。

「良い」ヴォルクは呼吸を数えた。「輪になる前に通り過ぎる」


 午後、溝は切れ、石の多い緩斜面が現れた。低い灌木の根本に、藍の糸の切れ端が絡んでいる。三度の縒り。だが結びは甘い。昨日の税門の癖に似ている。

「縒りは三度、結びは二度の手」ライラが指で覚え、土に埋める。「二つが混ざってる」

「混ざるなら、どこかで口が増える」ヴォルクは短く言い、見張りの順を動かした。「先行は二人、戻りは一つ先の影へ」


 影の底で、ミーナが包みをもう一度だけ作る。今度は香草の粉を少し増やし、包み目を指で軽く押さえた。「歩きながらでも崩れないように」

「生きてたら、増やせ」ライラがいつもの言葉で返す。

 商人は御者台で帳面を開き、短く記す。「本日の勘定:薄焼き包み×二、棒合図の無効化、鏡三。歩幅、維持」


 夕刻、遠くに低い石垣の筋が見えた。耕作の跡だ。風に草の匂いが増え、油の匂いは薄い。

「塵は一本。輪の形ではない」カイが指をひらりと立てる。

「行商か、噂の目か。どちらでも、道は前にある」ヴォルクは歩幅を同じに揃えた。「合図は指で足りる」


 日が落ちる。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。包みの香りは短く残り、やがて風に溶けた。

 彼らは短く息を揃え、明日の分の歩幅を胸に刻んだ。

読了感謝。

ブクマ・評価が次の筆の背中を押してくれます。

パン派? ごはん派? また明日。

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