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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第025話 石橋の渡り賃

立ち寄り感謝。深呼吸をひとつ、

今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。水分と休息を大事に。

石橋は川の上を低く渡り、欄干の石は指で磨かれたように丸かった。水は浅く、川床の小石が陽に揺れる。橋詰に木の小屋、色褪せた旗。竿の先だけが新しい。税門の次は橋番だ。帆布は締め、荷は見えるように積み直す。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡もなし。水音だけ」カイが耳を澄ます。

「なら、紙がもう一枚」ヴォルクは短く言い、御者台の商人と視線を合わせた。


 小屋から出てきたのは、日焼けした橋番と、書付けを持った若い見習い。橋番の腰紐には細い藍の糸。三度の縒り。

「渡橋料、荷車一台につき銀一。乾季の補修金を足してさらに一」

「補修金は条目にない砂だ」商人が静かに笑い、カルディアの印つき契約書を示す。「護衛随行中の通行優遇。昨日の税門でも通った紙だ」

 見習いが印を指でなぞり、橋番の耳に言葉を流す。橋番は目を細め、こちらの斧と弓を順に見て、それから川を見た。

「橋は古い。重い荷は一度に渡るな。右の車輪を外側に寄せること。――それが条件だ」

「条件は飲む」ヴォルクが頷く。「紙を通すなら、道も通せ」


 渡る前に、腹を整える。川縁の陰で休止。火は小さく、煙は上げない。ミーナが流れから手のひら二杯だけ水を掬い、木鉢に落とす。川魚は小ぶりのものを二尾、鱗を刃の背で払って腹を開く。血は川に落とさない。草に吸わせる。

「塩は指先で二つまみ。香草は揉んで粉だけ」ミーナが魚に塗り、帆布で包む。「石を温めて、間に挟む。焦がさず、蒸らす」

 バルドが河原の平たい石を二枚、火で温度を上げて布越しに運ぶ。石の間に帆布包みを置いて、上から重ねる。じゅ、と音は短く、すぐに消えた。水気が薄い湯気になって帆布の隙から立ち、魚の身がふくらむ。

「匂いが逃げない」カイが鼻を鳴らす。「喉が水を欲しがらない香りだ」


 橋詰では、見習いが橋板の割れ目を見て回り、小さく印を付けている。欄干の影に、藍の粉がわずかに残っていた。ライラが目でヴォルクに合図し、指先で粉を払って川風に流す。

「藍の糸は道の耳。川は話を流す」ライラが低く言う。

「耳に聞かせるのは足音だ。――渡る順番、決める」ヴォルクは手を挙げ、隊列を刻んだ。「先行はカイ、欄干から内へ半身。次に一台、歩兵を左右に。最後尾はバルド。掛け声は無し。合図は指で足りる」


 魚がほどけた。帆布を開けると、白い身が石の熱でしっとりと持ち上がる。香草は焦げず、塩は尖らず、皮は薄く色づいた。ミーナが指で身をほぐし、木片に分けて渡す。商人はひと口で噛み、目尻をわずかに緩めた。

「数字が遠くまで運べる味だ。水を煽らない」

「腹は軽く、足は速く」バルドが骨を外し、最後の一片を口に落とした。


 渡橋。川風は涼しいが、橋板は乾いて鳴く。カイが先に欄干の内側を滑り、橋の揺れを目で測る。合図の指が一つ。御者台の商人が手綱を短く持ち、車輪を外へ寄せる。石の隙間が低く唸り、何も起きない。欄干の陰から小さな影が身を引く。見張りの童か、それとも藍糸の目か。ライラは見るだけで、何もしない。

「次」ヴォルクが指を二つ。二台目の帆布が風に鳴り、橋は短く震えた。バルドが斧の柄で車輪の角度を支え、板の割れ目を踏まないように進める。見習いが口を開きかけ、橋番が手で制した。渡り切るまでは、誰の声も要らない。


 石畳側の橋詰へ出ると、空が広くなった。欄干の影が短くなる。橋番が肩を回し、紙に印を落とした。見習いは藍の糸を指で外し、腰紐から外へ結び直す。結びは二度に減っていた。

「渡ったな」橋番が短く言う。「板は夜に締め直す。――旅の者、風下で火は細く」

「心得た」ヴォルクは頷き、握った紙を商人へ返す。


 橋を離れてすぐ、浅い砂地に車輪の跡が二本、脇に逸れていた。戻りの跡はない。ライラが跪き、指で砂を撫でる。

「橋を見張る別の目。軽い足。藍粉の癖と少し違う」

「道には耳が多い」カイが弓袋を軽く叩く。「だが、風は一つ」

「風は選べる。今日は前へ」ヴォルクは歩幅を合わせた。


 午後、川は背中で音だけになり、道は石と低い草に戻った。ミーナは帆布包みの残りを薄く裂き、干し網に広げる。川魚の香りは短く、鼻の奥で消える。

「夕方、湯で温度をつけ直す。塩は足さない」

「生きてたら、増やせ」ライラがいつもの言葉で応じる。

 商人は御者台で帳面を開き、短く書く。「本日の勘定:橋通過、条件遵守、川魚二。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、笑いが一つ、風に混ざった。


 日が傾く。前方に、土壁の低い集落の影。門は開いているが、人の気配は薄い。カイが指をひらりと立てる。「塵、一筋。輪ではない」

「行商か、風の子だ」ヴォルクは短く締める。「合図は指で足りる」

 川魚の香りはもう残っていない。代わりに、草と土と、遠い油の匂いが風に乗った。

読了ありがとう。ブクマ・評価が次の筆を軽くします。

最近よく食べる“軽いおかず”を一つ教えてください。

また明日。

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