第024話 税門の影
立ち寄りありがとう。深呼吸をひとつ、
今日の体と心を整えていこう。
更新時間間違えました。今日だけ17時30分更新。
無理なく、淡々と。
宿場跡を発って半日、砂礫の帯が切れて、低い石壁と木の柵が現れた。道幅いっぱいの横棒、脇に小屋。旗は色褪せ、竿の先だけが新しい。税門だ。帆布を締め、荷は見えるように積み直す。合図は指で足りる。
「鏡なし。塵もなし」カイが風に耳を澄ます。
「なら、紙が来る」ヴォルクは短く返し、御者台の商人に視線を送った。
門小屋から、痩せた徴税吏が出てきた。外套は良い布だが、袖の縫い目がほどけかけている。腰紐に結ばれた細い飾り糸は、藍。三度の縒り。
「通行税、荷ひとつにつき銀二枚」男は棒読みの声で言い足し、「乾季加算でさらに一」と紙をめくった。
「条目にない“加算”は口の中で溶ける砂だ」商人が穏やかに笑い、カルディアの印つき契約書を差し出す。「護衛随行の記述あり。免除条が有効のはず」
徴税吏は契約書の印をなぞり、目の端でヴォルクを見上げた。視線が斧と弓に触れ、ほんのわずか喉が動いた。
「……確認に時間を要する。ここで待て」
「待つあいだに腹を整える」ライラが小声で言い、陰の浅い場所を指で示した。
火は起こさない。ミーナは革袋の水を少しだけ木鉢に出し、乾燥野菜を握り潰して香りを引き出す。薄く切った鹿干しを指で裂き、掌の温度で脂を起こしてから鉢へ。石を焼いておいたバルドが、布越しにそれを沈める。
「湯気が立ちすぎない程度」ミーナは鹿干しを箸で持ち上げ、表面が柔らかくなるのを確かめて戻す。「塩は控えめ。喉が水を欲しがらないように」
香りは短く、鼻先だけでほどけて消える。商人が木杓子で味を見て、軽く頷いた。「数字が遠くまで運べる味だ」
門脇の小屋の窓から、人の影が一つ増えた。徴税吏の背後で、肩章の色だけ明るい若い役人。彼は紙の端を指で弾き、印を見比べ、最後に藍の細糸に目を落とした。紐の結び目は、三度の縒り。見覚えのある癖だ。
「藍の糸は道の耳だ」カイが囁く。
「耳に話しかけるのは紙。紙の舌は商人のもの」ライラが返し、視線を門外へ滑らせる。「……足跡、薄い。見張りの交代が昼に寄ってる」
鹿干しの戻し汁は、舌に軽く、腹の底で柱になる。バルドが木椀を片手で空にして言う。「足が静かになる湯だ」
「静かでいい。走る前に歩け」ヴォルクは頷き、門へ向かう徴税吏を迎えた。
男は咳払いをひとつして紙を掲げた。「連邦の護衛随行条につき、通行税は免除。ただし『荷の再点検』を行う。――規則だ」
「規則なら従う。だが、道を止めるほど長くはしないでくれ」商人が箱の封を手際よく解く。乾いた香草、布、油、塩。隠すものはない。若い役人の目が滑り、最後に小さな木箱で止まる。
「それは?」
「香辛料の粉。港で“胡椒”と呼ぶ。舌に刺すが、喉にこびりつかない」商人は木箱を開け、ほんのわずか指先で摘んで見せた。風に乗るほど軽くはない。
検めは短く終わった。印が紙に落ち、棒が上がる。徴税吏は藍の糸を指で触れ、気まずそうに視線を逸らした。
「――通れ」
ライラは一歩、近づく。「門の柱に藍粉が付いている。掃いたほうがいい。風が話を運ぶ」
若い役人がわずかに目を瞬いた。徴税吏は無言で柱を袖で拭い、藍の粉を砂に落とした。粉は小さく、すぐに見えなくなった。
門を抜けると、道は石の比率を増やし、低い草の匂いが風に混ざった。帆布の影が短くなる。ミーナが残りの戻し汁を布で包み、携行に回す。「夕方にもう一度、温度をつける」
「生きてたら、増やせ」ライラがいつもの言葉を返す。
商人は御者台で帳面を開き、短く記す。「本日の勘定:税門通過、免除適用、藍粉除去。歩幅、維持」
「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、御者台の上で小さな笑いが生まれた。
日が傾く。前方、石橋の手前に細い陰。川床の名残が浅く黒い線を引く。カイが指を立てた。「塵一筋。遠い。輪の形ではない」
「行商か追い風の子どもか。どちらでも、道は前にある」ヴォルクは歩幅を同じに揃えた。「合図は指で足りる」
鹿の薄い香りが、風の中で一度だけ優しく残り、すぐに荒野へ溶けた。
読了感謝。
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最近よく飲む温かい飲み物を一つ教えてください。
また明日。




