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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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214/226

第214話 蒼焦の流し込み

訪問ありがとう。今日は少し張りつめた回だけど、肩の力は抜いて読んで下さい。

朝は取った。最初の一言も、順番も守れた。

 だから次に来るのは、その順番そのものを壊す手だ。

 焦りを流し込めば、人は順番を飛ばす。

 順番を飛ばせば、答えは濁る――蒼焦の流し込み。


 昼前、空は明るいのに風が落ち着かない。

 こういう日は、人の足も少しだけ急く。


「塵なし。鏡なし。……歩幅が早い」

 カイは井戸端で、桶を持つ手がいつもより強くなっているのを見た。

「先は越えた。今日は焦が舌」

 ライラは頷く。焦りは外から怒鳴って来るとは限らない。小さな異変を重ね、こっちの足を速めるだけで十分だ。


 最初に起きたのは、井戸の水の跳ね返りだった。

 桶を上げた拍子に、汲み役の袖が濡れる。

 大したことじゃない。

 だが、その直後に畑の方から短い声が飛ぶ。


「布が足りない!」


 さらに外れからも重なる。


「縄が絡んでるぞ!」


 三つ同時。

 どれも小さい。

 だが小さい困りが同時に来ると、人は順番を忘れる。


「借りる腹は返す足で」

 ヴォルクは即断する。

「一つずつだ。近いものから切る」


 バルドが畑へ向きかける。

「縄は後」

 ヴォルクが止める。

「今ここで濡れを切る。次に布。最後に縄」


 順番を守る。

 それだけで、焦りは半分死ぬ。


 ライラが濡れた袖の汲み役へ布を投げる。

 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢を据え、布袋の水をひとすくい。“旅酵”を指の腹だけ落とし、焙り麦をひとつまみ、先片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“焦守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」

 酸は淡い。

 だが胸の奥の“急がなきゃ”が少しだけ遠のく。


 濡れは拭く。

 それで終わり。

 次に畑の布。

 足りないのではなく、置き場が半歩ずれていただけだった。

 置き直す。

 終わり。

 最後に外れの縄。

 絡みは浅い。

 誰かがわざと半周だけ余計に巻いた形だ。

 バルドが無言で解く。

 終わり。


 三つとも、小さい。

 三つとも、すぐ終わる。

 だからこそ危なかった。

 急いで全部へ飛びついていたら、場は壊れていた。


「塵なし。鏡なし。……目が待ってる」

 カイが小さく言う。


 いた。

 寝床貸しの前の男と、少し離れて代理。

 こっちが順番を飛ばすのを待っていた目だ。


 代理が薄く笑う。

「今日は忙しいな」

 挑発ではない。

 確認だ。

 乱れたかどうかを見ている。


「忙しくない」

 商人が淡々と返す。

「小さいだけだ」

 良い返しだ。

 困りを困りのまま大きくしない。

 “小さい”へ落とす。

 それだけで焦りの価値は下がる。


 代理は一歩も寄らない。

 寄らずに見ている。

 それが一番嫌らしい。

 だが、もう遅い。

 順番は守った。

 焦りは流れ込まなかった。


 女が小さく息を吐く。

「……全部、すぐ終わった」

「終わらせた」

 ヴォルクは短く返す。

「焦る前に、近いものから切っただけだ」


 遠い肩で、黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。


 代理は去り際に一言だけ落とす。

「次は、同時じゃない」

 焦りが効かなかったと分かった声だ。

 なら次は、もっと深い一つを刺してくる。


 商人が御者台で短く記す。

「本日の勘定:蒼焦の流し込み、小攪乱三点。同時発生。順番維持で無効化」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」


 ヴォルクは結論を出す。

「焦りは切れた。次は“急がざるを得ない一つ”で来る」

 次に来るのは――

 選べない速さを押しつける手だ。

最後まで読んでくれてありがとう。小さい乱れに飲まれないだけでも、かなり強いです。

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