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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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212/230

第212話 蒼朝の先回り

訪問ありがとう。今日は朝一番の空気をどう守るかの回です。ゆっくり読んで下さい。

袋は開けさせなかった。

 誰の物かも、誰の罪かも、今はまだ決まっていない。

 だから次に来るのは、“朝一番”だ。

 人がまだ半分眠っている刻。

 頭が単純な答えに寄りたがる、その瞬間に先回りして答えを置く――蒼朝の先回り。


 夜明け前、空は薄く白み始めていた。

 風は弱い。

 犬もまだ吠えない。

 こういう朝は、最初の一言が強い。

 最初に置かれた言葉が、その日の形を決める。


「塵なし。鏡なし。……朝は短い」

 カイは目を細め、外れの脇へ置かれた袋の方角を見た。

 夜のあいだ、誰も触れていない。

 触れていないからこそ、朝の答えが危ない。

「濡は越えた。今日は朝が舌」

 ライラは井戸、畑、外れを順に見渡す。

 朝の足は、まだ素直だ。

 素直な足は、誰かの声に乗りやすい。


 老人は座る。

 まだ薄暗いのに、もう座っている。

 待っていたわけではない。

 ただ、“最初の一言”を他人に渡さないためだ。


「借りる腹は返す足で」

 ヴォルクは即断する。

「先に置く」

 バルドが低く問う。

「何を」

「答えじゃない」

 ヴォルクは短く返す。

「順番だ。

 朝は答えより順番が強い」


 答えを先に置くと勝負になる。

 勝負になれば、相手の答えも立つ。

 だから置くのは“順番”だけ。

 一、見る。

 二、待つ。

 三、開けるなら開ける。

 それだけだ。

 順番は熱を持たない。

 熱を持たないものは、朝に強い。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢を据える。

 布袋の水をひとすくい、“旅酵”を指の腹だけ落とす。

 焙り麦をひとつまみ、濡片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“朝守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」

 酸は淡い。

 だが、寝起きの頭が急いで答えを掴みに行くのを少しだけ遅らせる。

 朝に必要なのは速さじゃない。

 急がないことだ。


 最初に来たのは代理だった。

 予想どおりだ。

 しかも一人。

 護衛も立会いも連れていない。

 一人で来るのは、“最初の答え”を自分のものにしたいからだ。


「開けるぞ」

 代理は袋の前に立つなり言った。

 挨拶も無い。

 説明も無い。

 短い。

 短い朝の言葉は強い。

 だから危ない。


「順番がある」

 老人が座ったまま言う。

 低い。

 短い。

 これでいい。

 朝の一言は、短い方が勝つ。


 代理の眉が動く。

「俺が最初に見る約束だ」

「見るのはいい」

 ヴォルクは即答する。

「だが、開けるのは順番のあとだ」


 代理が薄く笑う。

「違いがあるのか」

「ある」

 ライラが短く返す。

「見た、と、触った、は違う」

 良い。

 答えじゃない。

 分類だ。

 分類は朝の混乱を薄める。


 商人が続ける。

「最初に見る。

 次に、誰の物でもないと確認する。

 そのあとで、開けるなら開ける」

 誰の物でもない。

 ここが芯だ。

 所有が立つ前に中身を出すと、濡れ衣は濃くなる。

 だから先に所有を薄める。


 代理は少しだけ黙る。

 黙ったのは計算だ。

 朝一番の勢いで押し切るつもりだった。

 だが順番を置かれると、勢いは少し鈍る。


 外れに、女とトムと汲み役が寄ってくる。

 寄るが、輪にはならない。

 輪になると場になる。

 場になると答えが欲しくなる。

 答えが欲しくなると、朝は負ける。

 だから、立つ位置は散らしたまま。


 代理が袋を見る。

 触れない。

 昨日の約束があるからだ。

 触れれば、自分の手が入る。

 手が入れば、証拠は濁る。

 そこは理解している。


「誰の物でもない、か」

 代理が言う。

「昨日の時点ではな」

 ヴォルクは短く返す。

「今朝もそうかどうかを見る」


 袋の口は変わっていない。

 結び方も同じ。

 だが同じであることが、逆に危ない。

 同じだと、朝の頭は“じゃあ中身だ”へ跳ぶ。

 跳ばせないために、ライラが先に置く。


「位置は?」

 女がすぐに答える。

「昨日と同じ」

「泥は?」

 トムが答える。

「増えてない」

「紐は?」

 汲み役が答える。

「緩んでない」


 良い。

 中身へ行く前に、外側を積んだ。

 外側が積まれると、朝の答えは少しだけ遅くなる。

 遅くなれば、熱も薄くなる。


 代理が苛立ちを隠さず言う。

「中を見れば早い」

「早いのが危ない」

 商人が淡々と返す。

 説明ではない。

 ただの事実だ。

 朝は早い答えに寄りたがる。

 だからこそ、その速さを疑う。


 ようやく順番が来る。

 代理が袋の口へ手を伸ばす。

 その瞬間、誰も息を呑まない。

 ここで息を呑むと、中身が勝つ。

 中身が勝つと、誰の物でもなくても意味が足される。

 だから、息を平らにする。


 袋が開く。

 中に入っていたのは、細い金具が二つ。

 前に出たものと似ている。

 そして、布の端切れが一枚。

 見覚えのない色。

 少なくとも、井戸の布でも畑の袋でもない。


 女が小さく眉をひそめる。

 トムも言葉を飲み込む。

 ここで“誰のだ”が出れば負けだ。


「見た?」

 ライラが先に置く。

 代理へ向けて。

 責任を呼ぶ問い。

 代理の口が一瞬止まる。


「……金具が二つ、布が一枚」

 代理は中身をそのまま言う。

 良い。

 意味を足していない。

 朝の一番危ないところを越えた。


 だが、相手も最後の針を持っている。

 寝床貸しの前にいた男が、小さく落とす。

「それ、旅の布に似てるな」

 来た。

 朝の答え。

 単純で、強い。

 似てる。

 似てるだけで十分に濡れる。


「似てるだけだ」

 女が昨日と同じように返す。

 良い。

 強く否定しない。

 薄く戻した。

 薄い返しは熱を持たない。


 ミーナが静かに足す。

「旅の布は、もっと濃い」

 事実。

 それだけ。

 事実が二つ並ぶと、朝の単純な答えは少しだけ重くなる。

 重くなった答えは、広がりにくい。


 代理は袋の中身をもう一度見る。

 そして、結局言う。

「所有は不明」

 それで十分だ。

 所有不明。

 朝一番の答えとしては、最も薄い。

 薄い答えは群れを呼ばない。


 ヴォルクはその瞬間に結論を出す。

「なら、ここで終わりだ」

 短い。

 これ以上を伸ばさない。

 伸ばせば、また誰かが意味を足す。

 朝は意味が育ちやすい。

 だから早めに閉じる。


 袋は再び布に包まれ、今度は外れに置かれない。

 だが、誰の家にも入れない。

 外と内の間。

 水路脇の石の陰へ移す。

 誰の物でもなく、誰の罪にもならない位置へ。

 位置は時に、答えより強い。


 遠い肩で、黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

 目はいるが、舌は遠い。


 代理は去り際に言う。

「……次は、俺が先に見る」

 もう朝一番は取れなかった。

 だから次は“順番”を奪いに来る。

 順番が奪われれば、答えも奪われる。

 それが次の狙いだ。


 商人が御者台で短く記す。

「本日の勘定:蒼朝の先回り、袋開封。所有不明で固定。朝一の意味付与、阻止」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」


 ヴォルクは結論を出す。

「朝の答えは守れた。だが次は、朝そのものを取られる。順番を守る手が要る」

 順番が守れなければ、薄い答えも濃くされる。

 次に来るのは――

 “最初の一言”を奪い返すための手だ。

最後まで読んでくれてありがとう。結局、最初の一言を誰が取るかってかなり大きいです。

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