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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第210話 蒼証の借口

訪問ありがとう。今日は“見た”をどう崩すかの続きです。落ち着いて読んで下さい。

目は使われた。

 だが、意味にはさせなかった。

 影と包みと一瞬の動き――そこまでに分解してしまえば、証拠は深く刺さらない。

 だから次は、“見た”そのものを強くする。

 誰が見たか。

 どんな顔で言ったか。

 どんな声で繰り返したか。

 つまり、口を持つ目を作る――蒼証の借口。


 朝、風が弱かった。

 風が弱い日は、声が近い。

 近い声は、誰かの記憶に触りやすい。


「塵なし。鏡なし。……今日は耳が近い」

 カイは井戸端で、いつもより会話の間が短いことを拾う。

 問いかけにすぐ返事が返る。

 返りが速い日は、口が軽くなる。

「見は越えた。今日は証が舌」

 ライラは人の並びを見る。

 井戸の脇、畑の戻り、寝床貸しの前。

 そのどこにも大きな異常はない。

 だからこそ、異常は“人の口”の中で育てられる。


 昼前、子どもが一人、井戸の脇で立ち止まった。

 年はまだ若い。

 走る方が似合う年だ。

 だが今日は走らない。

 立って、誰かを待つような顔をしている。


 その後ろに、寝床貸しの家の前にいた男が見えた。

 近づかない。

 だが離れすぎてもいない。

 声が届く距離。

 “借口”を渡す距離だ。


「見たんだろ?」

 男が低く言う。

 子どもは頷きかける。

 ここだ。

 見たかどうかより、“見たと言う形”を与えられる瞬間。


「借りる腹は返す足で」

 ヴォルクは即断する。

「割る」

 バルドが低く問う。

「口をか?」

「違う」

 ヴォルクは短く返す。

「“見た”の中身を割る」


 口を止めると勝負になる。

 勝負になると、子どもが証人になる。

 証人になれば、話は太くなる。

 だから止めない。

 中身だけを薄くする。


 ライラが井戸の脇へ歩く。

 急がない。

 急げば、隠したいものがあるように見える。

 ただ、いつもの調子で桶の位置を直し、そのついでに子どもの前へ立つ。


「何を見たの?」

 短い。

 だが、強い。

 “見たんだろ”ではない。

 “何を”へ落とす。

 意味を先に持たせない。


 子どもが戸惑う。

「えっと……」

 ここで大人が急かせば負けだ。

 急かした言葉は、そのまま借り口になる。


 男が口を開きかける。

「包みを――」

「君に聞いてる」

 ライラは短く切る。

 熱を持たせない。

 怒らない。

 ただ、順番を戻す。


 子どもは井戸の影を見る。

 影は薄い。

 昼の光が強いからだ。

 強い光は、見たものを逆に曖昧にする。


「人がいた」

 子どもはようやく言う。

 良い。

 “包みを渡した”じゃない。

 まだ位置だ。


「どこに?」

 ライラが続ける。

「井戸の横」

「何人?」

「……二人、かな」

「顔は見えた?」

 子どもは首を振る。

「よく見えない」


 十分だ。

 “見た”はもう細い。

 細いものは、証言になりにくい。


 男が苛立つ。

「でも包みを――」

 商人が淡々と割って入る。

「お前は見たのか」

 短い。

 重い。

 根拠を呼ぶ問いだ。


 男は笑う。

「聞いたんだよ」

 逃げた。

 それでいい。

 聞いたに戻った口は、証人になれない。


 だが相手も浅くない。

 今度は“怖さ”を足しに来る。


「この子は怯えてるだけだ」

 男は言う。

「怖くて、ちゃんと言えないんだろ」

 来た。

 見えなかったを、怖さで埋める手。

 怖さを足すと、曖昧さが“真実味”に変わる。

 それが借口の芯だ。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢を据える。布袋の水をひとすくい、“旅酵”を指の腹だけ落とす。焙り麦をひとつまみ、見片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“証守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」

 酸は淡い。

 だが、言葉に乗った怖さが少し遠くなる。

 怖さは近いほど強い。

 遠くすれば、借り口は痩せる。


 ヴォルクは子どもの前に立たない。

 立てば守っているように見える。

 守っているように見えると、相手の“怖がっている”が補強される。

 だから、少し横。

 影にも入らない位置。


「怖かったか」

 ヴォルクが短く問う。

 優しくも、厳しくもない。

 ただの確認。


 子どもは少し考え、首を傾げる。

「……びっくりした」

 怖い、ではない。

 びっくり。

 その違いは大きい。


 ライラがすぐ拾う。

「びっくりした、だけ?」

「うん」

 子どもは頷く。

「なんか、いたから」


 良い。

 “怖くて見えなかった”じゃない。

 “いたからびっくりした”だ。

 それなら、ただの驚きだ。

 驚きは証言になりにくい。


 男はまだ諦めない。

「でも、いたんだろ。何かしてたんだろ」

 そこで老人が座ったまま言う。

「子どもの口に、続きは足さない」

 低い。

 短い。

 規則の声だ。

 規則は熱を持たない。

 熱を持たない言葉は、群れを呼びにくい。


 井戸の周りの空気が少しだけ緩む。

 “見た”が細くなったからだ。

 細いままなら、誰も背負いたくない。

 背負いたくない話は、広がりにくい。


 子どもが風車へ走り出す。

 走った。

 良い。

 証人が子どもへ戻った。

 戻れば、借口は半分死ぬ。


 男は舌打ちをして、寝床貸しの家の前へ戻る。

 早い。

 早い引きは、浅い仕込みの証だ。


 商人が御者台で短く記す。

「本日の勘定:蒼証の借口、子ども証人化を試行。位置分解、成功。恐怖付与、失敗」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」


 ヴォルクは結論を出す。

「口を持つ目は作らせなかった。次は“目”じゃない。“手”を使う」

 見たでは弱い。

 言ったでも細い。

 なら次は、触れた、持っていた、置いてあった。

 物と手を結ぶ手だ。

 次に来るのは――

 “持ち物”を使った濡れ衣だ。

最後まで読んでくれてありがとう。人の口に続きを足させないって、地味だけどかなり効きます。

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