第002話 夜明けの刃
お立ち寄りありがとうございます。
今日もマイペース運行で参ります。
水分と休憩を忘れずに。※毎日11:00更新予定。
夜がほどけ、東の空がかすかに白み始めた。冷えた大地に霜が薄く降り、踏みしめるたびに小さな音が立つ。焚き火は灰になり、わずかな煙が漂っている。
「起きろ。川沿いの茂みを抜けるぞ」
団長ヴォルクの低い声に、傭兵たちは寝袋から這い出した。息は白く、指先はかじかんでいる。それでも動きは速い。野営を片付けるのに、彼らは迷いがない。
靴紐を結び直す音、革鎧を締める音、金属がぶつかる乾いた響きが、静かな朝に交じった。
川沿いの獣道は霜で白く、ところどころ霧が流れていた。水音の向こう、対岸に影が動く。薄霧の向こうで、槍の穂先がちらりと光った。
「カルディアの斥候だな」
副団長ライラが弓を手に取る。矢羽根が冷気で鳴き、バルドは盾を前に出した。互いに数十歩の距離、短い睨み合いが続く。
次の瞬間、霧の中から複数の影が駆け出してきた。水しぶきが高く上がり、鉄の足音が迫る。
ヴォルクは剣を抜き、川岸の泥を踏み込みながら槍を受け流す。泥水が跳ね、頬を打った。
バルドは正面の兵を盾で押し返し、側面からの突きを剣で受け止める。金属が鳴り、刃の重みが腕に響く。
ライラの矢が一人の肩を撃ち抜き、相手は苦鳴を上げてよろめいた。カイは二本目の矢をつがえ、霧の奥の動きを狙う。
「数は少ない、押し返せ!」
ヴォルクの号令に応じ、団員たちは一歩ずつ押し上げた。やがて敵は態勢を崩し、川を渡って退いた。霧の向こうへ消える足音と、水面に広がる赤い筋が、戦いの終わりを告げる。
呼吸を整え、軽い傷の手当を済ませると、再び進軍が始まった。霜を踏みしめ、昼前には林の開けた場所に出た。
そこでミーナが腰を下ろし、素早く鍋を出す。
「今日は塩麦粥。水分を多めにして温まるようにした」
干し肉を細かく裂き、大麦と一緒に煮込む。煮立つにつれて、淡い香りが立ち上る。
木匙で混ぜるたび、麦がふくらみ、塩気のある湯気が鼻をくすぐった。
傷を負った兵は鍋の傍らで黙って匂いを吸い込み、ほかの者たちは荷を下ろし、火に手をかざす。
匙ですくえば、麦の粒がとろりと広がり、薄塩が体の芯まで染み込む。
戦の後の体に、これ以上ないほど優しい味だった。干し肉のほぐれた繊維が、咀嚼のたびにかすかな旨味を放つ。
冷えた指先が少しずつ温まり、頬の強張りも緩んでいく。
「傷の具合は?」
ヴォルクの問いに、矢傷を受けた者が笑って答える。
「これなら明日も動ける。粥のおかげだ」
ミーナは恥ずかしそうに肩をすくめ、鍋底を木匙でなぞった。
腹が落ち着くと、誰もがわずかに口数を増やす。次の行き先、今夜の野営地、そして噂話。
粥は質素だが、焚き火を囲むひとときは、戦の緊張を束の間だけ忘れさせてくれる。
昼食を終えると、団は北へ向けて再び歩き出した。川の音は遠ざかり、代わりに風が高く鳴る。
その風の向こうに、次の戦いの匂いがかすかに混じっていた。
読了感謝です。
感想・ブクマ・評価が励みになります。
最近ハマってる簡単メシ、よかったら教えてください。ではまた明日11:00に。