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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第014話 初陣の血煙

来訪ありがとう。

深呼吸を一つ。

体と心のスイッチを静かに入れていこう。

更新は毎日11:00予定。

水分、忘れずに。

夜が砦に沈み、灯は一つだけが胸壁の上で揺れていた。だが地面に落ちる影は板と布で増え、二つ、三つ、四つ……数を見誤らせる罠だ。風は東寄り。乾いた草の匂いに、遠い油が混ざる。

「二長で伏せ、三短一長で退き」ライラが最後の合図を確認する。

 ヴォルクは矢束と濡れ布を並べ、短く言った。「火を上げさせるな。布を撃て」

 最初の足音は北側から来た。影が柵へ走り、短い角笛が二度鳴る。囮だ。胸壁の灯に引き寄せられた敵影へ、カイの一矢が走った。油を吸った黒布が裂け、火は起きない。続けて二矢、三矢。布だけが闇に散る。

 南側で木がこすれる音。梯子だ。バルドが肩で門台の扉を押し開け、斧を掲げて駆けた。梯子の上段に刃が入り、木目が悲鳴を上げる。登りかけの男と梯子ごと、砂へ崩れ落ちた。

「次の木を寄越せ!」敵の叫びが夜を裂く。ヴォルクが二長を吹く。兵が一斉に伏せ、胸壁を擦った矢が背後の土嚢へ吸われた。

 ミーナは濡れ布を胸壁に押さえ、木の香りを湿らせる。「布、交換します!」

「急げ」ライラは伏せたまま、指で三短一長を切った。北の囮が退き、南の影が厚くなる。カイは矢羽根を撫で、息を半に折る。弦の震えと心臓の間隔を合わせ、一拍遅れて放つ。布だけがまた裂けた。


 短い静寂の後、角笛が長く鳴った。今度は本隊。丸太が担がれ、柵の根元が揺れる。バルドが胸壁から飛び下りると、土塁の内側へ着地し、斧の背で丸太を叩いた。衝撃で担い手の膝が折れ、丸太が傾く。ヴォルクが門台から投槍を一つ、倒れた影の脇へ打ち込む。悲鳴が一つ、引き攣れて消えた。

「右、塹壕!」ライラの声に、二列目が土嚢越しに石壺を投げる。砂と土に水を含ませた即席の泥が、火付け用の焚き付けを呑み、火種の息を殺した。

 敵は一歩引く。角笛が短く三度、乱れた。そこをカイの矢が貫く。鳴りかけの音が途切れ、夜の布が元の暗さに戻った。

 息を吸う。砦の上にだけ、ゆっくりと空気が満ちる。ミーナが木椀を配って回った。「温かいうちに、ひと口だけ」

 野菜と豆の薄塩スープは、喉を焦がさず腹に落ちる。塩は控えめ、豆はほどけ、刻んだ根菜の甘みが遅れて追いつく。バルドは椀を傾け、一息で飲み切った。「歩ける味だ」

「歩く前に伏せ」ライラが笑みなく言い、再び胸壁へ身を沈める。


 夜半、敵は最後の賭けに出た。油布を束ね、塀の足元に滑り込ませようとする。ライラが二長。伏せた瞬間、ヴォルクが投げた鉤縄が束を引っかけ、内側へさらう。カイが一矢。束は空でほぐれ、油だけが砂に吸われた。

 角笛はもう鳴らない。代わりに乱れた足音が揺れ、遠ざかっていく。追うべきか、待つべきか。ヴォルクは首を振った。「追うな。夜はまだ長い」

 やがて、東がわずかに薄まった。風が冷え、血と土と木の匂いが胸壁に絡む。砂に残った黒い線は、まだ新しい。

 カイが弦を緩め、夜明けの空を見上げる。「……塵。遠くで上がってる。列は太い」

「包囲を締める気だ」ヴォルクは短く言い、斧を拭うバルドの肩を叩いた。「初日を持たせた。次は昼だ」

 鍋の底で、薄塩の湯がもう一度だけ、小さく泡だった。彼らは木椀の最後のひと口を喉へ落とし、朝の血煙に備えて立ち上がった。

読了感謝。

ブクマ・評価・感想が次の一手を軽くする。

あなたの「戦いの前に飲みたい一杯」をひとつ、

教えてくれたら嬉しい。また明日。

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