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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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138/203

第138話 蒼裏のざわめき

訪問ありがとう。取引の後に残るざわめきは、次の物語を呼び込みます。

蒼市を離れて半刻、街道の音は再び均されはじめた。

 取引の中心から外れたことで、人の声は背後へ流れ、足音だけが残る。

 だが、その足音の“裏”に、わずかな揺れが混じっていた。“蒼裏そうりのざわめき”。


 市の余熱は、表よりも裏に残る。

 言葉にしなかった値、出さなかった数、残した視線。

 それらが、遅れて追いついてくる。


「塵なし。鏡なし。……拍が二つある」

 カイは歩幅を崩さず、耳だけを後ろへ置く。

「市は越えた。今日は裏が舌」

 ライラは通行人の“止まり”を数え、ざわめきの源を切り分けた。


 道脇の並木に、布切れが一つ結ばれている。

 目印ではない。

 “置き忘れ”に見せた合図だ。

 市の男が残したものではない。縫いが違う。


「借りる腹は返す足で」

 ヴォルクは声を出さず、隊列を一段だけ詰める。

 逃げでも迎えでもない。

 “見られても壊れない”間合いだ。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢を据え、布袋の水をひとすくい。

 “旅酵たびこう”を指の腹だけ落とす。

 焙り麦をひとつまみ、市片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。


「“裏守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」


 酸はほとんど立たず、喉の奥で消える。

 匂いを残さないための味。


 カイがすすり、肩の位置を微調整する。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は帳面を開かず、指で布切れの位置だけを覚えた。


 やがて、街道の流れに半拍遅れた足音が一つ、二つ。

 追っているのではない。

 “同じ方向に向かっているだけ”を装っている。


「数は二」

 バルドが小さく言う。

「慣れてるが、浅い」

 ライラは視線を上げない。


 分岐が来る。

 主道は続く。

 だが、並木の裏に細い脇道が口を開けている。

 通れば視線は切れる。

 残れば、ざわめきは近づく。


「脇だ」

 ヴォルクは即断する。

「裏は裏で抜ける」


 隊は一拍で脇道へ溶けた。

 足音は消えない。

 ただ、重なりがほどける。


 遠い肩で、黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

 目はいるが、舌は遠い。


「裏は切れた」

 ライラが告げる。

「だが、残る」

 ヴォルクは言う。

「市は忘れない」


 脇道の先、小さな水場で短い休止。

 灯は使わず、影だけを選ぶ。

 器に市片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。

 酸は胸の奥で、取引の余韻を沈めた。


 御者台で商人が短く記す。

「本日の勘定:蒼裏、追随二。切断成功。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」

 ヴォルクの言葉に、ざわめきはもう届かなかった。


 日がさらに傾く。

 裏を抜けた先に、次の“約束の刻”が待っている。

最後まで読んでくれてありがとう。言葉にしなかった気配を覚えていたら、それも旅の糧です。

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