第013話 偵察任務
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陽が傾き始めた刻、ライラとカイは南面の柵を抜け、砦の影を縫って荒野へ溶けた。笛は使わない。合図は手と影だけ。足裏に布を巻き、砂に残る線をできるだけ薄くする。
「戻り二刻。風は東寄り」ライラが指を二本立てる。
カイは頷き、弓を背へ回した。「狼煙台の跡を拾う。塵の壁が切れてる場所を辿る」
干上がった川床を離れ、石が増える緩やかな丘へ。草は背丈まで伸びないが、茎の節が風向きを正直に示す。節の曲がりが点々と並ぶ先に、土の色の違う斑点が見えた。
近づいて、ライラは膝をつく。掘り返したばかりの浅穴が三つ、等間隔に口を開けている。周囲の砂には粗い繊維の跡。丸太を伏せたまま抜いた印だ。
「梯子じゃない。杭だね」カイが囁く。「柵を越えるより、柵を崩す気だ」
風が運ぶ匂いに、わずかな樹脂の甘さが混じる。松脂……投げ火用の布に染み込ませるための。
丘の陰を回り込むと、さらに広い地面に、靴底の模様が重なっていた。踵は斜めに磨耗、つま先は深く。駆け足で荷を運んだ形。足跡の脇に、半ば燃えた布切れが落ちている。藍染の糸が一本、ほつれて光った。
「藍の糸」カイが拾い、陽にかざす。「矢羽と同じ染め。昨夜の連中の仲間だ」
「統一された支給品がある部隊。野良の寄せ集めじゃない」ライラは視線で線を引く。「集結点は……西南の砂丘裏。風下」
砂丘の肩に身を伏せる。向こう側の窪地に、布で覆った束が幾つも横たわっていた。丸太、杭、麻袋の土嚢、そして壺。壺の蓋に黒い封が見える。
「油、だな」カイが唇を結ぶ。
見張りが二人、影の中で座っている。片方が立ち上がり、腰の水袋を振った。水の音は軽い。彼らも渇いている。
ライラは指で短い円を描き、周囲の地形を記憶に刻む。斜面の角度、影の長さ、退き道の深さ。
いったん離れると、低い崖の下で息を整え、携行袋を開いた。干し肉が塩の白を吹き、乾燥果実が夕陽で宝石めく。
「塩は舌の側で溶かす」ライラが薄く裂いた肉を舌先にのせる。「果実をあと」
「了解」カイは干し葡萄を噛み、唾で戻して喉へ落とす。疲れが静かに引いていく。「……甘い。頭が起きる」
「甘いのは敵も同じ。動きが早くなる」
帰路、石の影に二つの人影が立った。砂丘を横切る細い道で鉢合わせだ。互いに息を飲む間は短い。ライラの左手が砂を掬い、影の顔へ散らす。咳が出た瞬間、右手の短剣が鞘から一寸。柄で顎を打ち、体を崩す。カイはもう一人の腕を捻り、砂に沈めた。
「声は出さないで」ライラは倒した男の腰紐を切り、手首を背で括る。二人とも同じ革紐、同じ結び。訓練されている印だ。
砂に沈む前に、彼らの靴底の泥をひとすくい布に取る。黒い粒が混じる――砦の近くでは見ない色。西南、鉱滓の混じる谷筋の土だ。
砦の胸壁に戻るころ、空は銅色に沈み、影は長く伸びていた。ヴォルクが梯子の上で待っている。報告は短く、重く、途切れなかった。
「西南の砂丘裏、資材束多数。杭・丸太・土嚢・油壺。見張り最低二。足跡は四十以上。藍染の糸、昨夜と一致。集結は風下。狙いは日没後から夜半前」
ライラは布を差し出す。「土の標本。谷筋の鉱滓。接近路が一本、ある」
ヴォルクは頷き、柵の内側へ視線を落とした。「合図は三短一長で退き、二長で伏せ。火壺は内側だけ。土嚢は南西へ二列。矢は一人二十で温存。――喉を湿らせ、腹は軽く」
ミーナが干し肉を更に薄く裂き、乾燥果実と一緒に兵へ配る。「噛むほどに甘みが出ます。水は一口ずつ」
バルドは斧の刃を布で拭い、空を見上げた。「鐘が鳴る前に、誰かの足が鳴るな」
「鳴らす前に、沈める」ヴォルクが短く言う。「夜は長くない。影を食え。塩は舌で溶かせ」
砂の匂いに、松脂の甘さが薄く混じり始めていた。
最後までありがとう。
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あなたの「外で食べる好きな携行食」をひとつ、
教えてくれたら嬉しい。また明日。




