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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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128/193

第128話 蒼岐の峠

訪問ありがとう。峠は、旅が自分の向きを試される場所です。

蒼風の変層を越えると、道は一度、静かにほどけた。

 登りでも下りでもない。

 左右に分かれ、また寄り合う、山の“切り替え点”。

 そこが“蒼岐そうきの峠”だった。


 空は近く、雲は低い。

 足元の石は平たく、踏めば音ではなく“向き”を返す。

 どちらへ進んでも間違いではない。

 ただ、選んだ向きが、そのまま“次の層”になる。


「塵なし。鏡なし。……山が問いを出してる」カイが足を止める。

「風も層も越えた。今日はわかれが舌」ライラが左右の道を見比べる。

 右は明るく、左は影が深い。だが拍は同じ強さで返ってくる。


 峠の中央、二本の石標の間に、灰蒼の外套をまとった“岐守きもり”が立っていた。

 腰紐に藍はない。

 掌には、二股に割れた“岐核きかく”。


「ここは峠。

 道は分かれ、拍はひとつ。

 選んだ向きが正しいのではない。

 ……選んだ後、揃えられるかが問われる」


 ヴォルクが短く息を吐く。「借りる腹は返す足で」

 ライラは岐核を受け取り、左右を同時に見ず、いったん“目を伏せた”。

 拍だけを数える。

 谷へ二、丘へ一。

 風の残りは半拍。


「右だ」

 根拠は示さない。

 だが、隊の拍が一瞬で揃った。


「選びは半手で」岐守が告げる。

「覚えた」

 岐核はひとつに戻り、淡く光って消えた。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢を据え、布袋の水をひとすくい。

 “旅酵たびこう”を指の腹だけ落とす。

 焙り麦をひとつまみ、風片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。


「“岐守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」


 酸が穏やかに跳ね、風と岩の中間の香りが立つ。

 カイがすすり、胸の奥が静かに定まる。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は分岐の石標を見て言う。「歩幅を稼ぐ味だ」


 峠の地面には、藍の点が“二重線”として刻まれていた。

 片方は薄く、片方は濃い。

「粉の囁きは沈む。舌は岐」ライラが濃い線をなぞる。

「濡れ布の揺れなし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 岐守が薄い“岐片きへん”をミーナへ渡す。

「器に沈めれば、味が選択を支える」

「受け取ります。風片と重ねます」ミーナが包み込む。


 正午前、峠の風裏で休止する。

 火は使わず、“岐守りの薄”を裂き、岐粉を押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。迷いが静かに消えます」ミーナが配る。

 バルドは左右の視界を切り、前だけを見る。


 午後、選ばれなかった道が霧に沈み、選んだ道だけが“次の斜面”を現した頃──

 遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

 目はいるが、舌は遠い。


「岐は眠った。耳は届かない」ライラが告げる。

「良い。峠は越えた」

 ヴォルクは二列を保ち、御者台へ親指を立てる。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼岐の峠を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜。

 器に岐片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たない。

 酸が胸の奥で静かに“進路”を固めていく。


 御者台で商人が短く記す。

「本日の勘定:蒼岐の峠、進路選択、岐片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」

 ヴォルクの言葉に、峠の石が一度だけ低く鳴った。


 星が出る。

 分かれは過去になり、道はひとつ、次の高みへ向かって伸びていた。

最後まで読んでくれてありがとう。選んだ道の記憶があれば、そっと胸に置いてもらえたら嬉しいです。

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