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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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125/189

第125話 蒼嶺の初登

深呼吸をひとつ。初登は“力の配分”を学ぶ合図。

蒼峙の山門を背にすると、道は一気に細くなった。

 登りは急ではない。だが、歩幅を誤せばすぐに“重さ”が追いつく。

 空気は薄く、冷えはまだ浅い。“蒼嶺そうれいの初登”。

 山は高いが、威圧はない。ただ、黙って立っている。


「塵なし。鏡なし。……息が一段、遅れる」カイが呼吸を合わせる。

「峙を越えた。今日はみねが舌」ライラは斜面に手を置き、返る拍を確かめた。石は硬いが、奥に柔らかい層がある。


 登りの要所に、岩と空の境目に溶けるような外套をまとった“嶺守れいもり”が現れた。

 腰紐に藍はない。掌には、軽くも重くも見える“嶺核れいかく”。


「ここは嶺の初登。

 力は半分、息は倍。

 ……通るなら、この核を“背に預けよ”」


 ヴォルクが短くうなずく。「借りる腹は返す足で」

 バルドが嶺核を背負い紐に結ぶ。重さは変わらない。だが、歩くと“負荷が分散”される。

 ライラが隊の歩幅を刻む。「谷へ二、丘へ一。預けは半手で」

「覚えた」

 嶺守は答えず、ただ道の先を示した。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢を据え、布袋の水をひとすくい。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とす。

 焙り麦をひとつまみ、峙片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。


「“嶺守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」


 酸が短く跳ね、冷気と混ざる。

 カイがすすり、胸の奥が軽くなる。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は斜面を測るように見つめる。「歩幅を稼ぐ味だ」


 嶺の道には、藍の点が“線”になって続いていた。

「粉の囁きは沈む。舌は嶺」ライラが線の拍を拾う。

「濡れ布の揺れなし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 嶺守が薄い“嶺片れいへん”をミーナへ渡す。

「器に沈めれば、味が呼吸を助ける」

「受け取ります。峙片と重ねます」ミーナが丁寧に包む。


 正午前、風を避ける岩陰で休止する。

 火は使わず、“嶺守りの薄”を裂き、嶺粉を押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。息が整います」ミーナが配る。

 バルドは背に預けた核の重さを確かめ、呼吸を合わせた。


 午後、雲が一段下がり、視界が開けたころ──

 遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

 目はいるが、舌は遠い。


「嶺は眠った。耳は届かない」ライラが告げる。

「良い。初登は越えた」

 ヴォルクは隊を二列に整え、御者台へ親指を立てる。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼嶺の中腹に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜。

器に嶺片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸の奥で静かに働いた。


 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼嶺の初登、背預け、嶺片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」

 ヴォルクの声に、嶺がひとつ低く応えた。


 星が出る。

初登は終わり、さらに高い層が、静かに待っていた。

読了感謝。登り始めの息の変化を覚えていたら、そっと教えてください。また明日。

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