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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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122/186

第122話 蒼礫の坂

深呼吸をひとつ。石が拍を持つ場所は、旅の“強度”を測る地点。

蒼跡の浜を離れると、砂の粒が次第に粗くなり、足裏に硬さが戻り始めた。

 小さな石が集まり、坂の形を成す。“蒼礫そうれきの坂”。

 踏むたびに、石同士が“拍とも音ともつかない揺れ”を返す。


「塵なし。鏡なし。……石が眠ってない」カイが礫を踏みしめる。

 音が出るわけではないが、石が石を押し返す感触がある。

「跡も澄も過ぎた。今日はれきが舌」ライラが小石を拾い、光に透かす。

 蒼い点が核のようにひとつ埋まっていた。


 坂の中腹には、灰蒼の外套をまとった“礫守れきもり”が静かに立っていた。

 腰紐に藍はない。掌には、細かい“礫核れきかく”がいくつか。


「ここは礫が集まり、拍をつくる坂。

 ばらければ乱れ、集まれば流れになる。

 ……通るなら、この礫核を“砕かずに結べ”」


 ヴォルクが眉をひそめた。「砕かずに、結ぶ?」

 礫守は答えず、掌を静かに傾ける。核の粒がこぼれ落ちず、形も変わらず揺れている。


「借りる腹は返す足で」

 商人が短く言い、バルドが核をひとつ受け取る。

 粒は硬いのに、どこか柔らかい。

 ライラが両の手でそっと包み、坂の拍に合わせて“揺らす”。

 砕かず、ただ“共鳴”させるように。


 坂の石々が、ほんの一瞬だけ音を持った。


「谷へ二、丘へ一。結びは半手で」礫守が告げた。

「覚えた」ライラは石の拍を骨に刻んだ。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢に据え、布袋の水をひとすくい。“旅酵たびこう”を落とす。

 焙り麦をひとつまみ、跡片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。


「“礫守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」


 酸が跳ね、石と土の匂いが混ざる。

 カイがすすり、腹の奥が静かに整う。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は坂の揺れを見ながら言った。「歩幅を稼ぐ味だ」


 坂の表面には、藍の点が小さく散り、その一つ一つが“石の核”として拍を持っていた。

「粉の囁きは沈む。舌は礫」ライラが核を指先で転がす。

「濡れ布の揺れなし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 礫守が小さな“礫片れきへん”をミーナに渡す。

「器に沈めれば、味が締まり、広がる」

「受け取ります。跡片と重ねます」ミーナが布に包む。


 正午前、坂の影で休止する。

 火は使わず、“礫守りの薄”を裂き、礫粉を押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。胸が静かに整います」ミーナが配る。

 バルドは坂の拍と石の揺れを合わせて呼吸した。


 午後、坂がゆるやかに落ち着き、石の数が少なくなるころ──

 遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

 目はいるが、舌は遠い。


「礫は眠った。耳は届かない」ライラが告げる。

「良い。歩幅は揃える」

ヴォルクは二列に整え、御者台へ親指を立てる。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼礫の坂を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増えず、必要のない夜。

器に礫片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸の奥で静かに広がった。


 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼礫の坂、核結び、礫片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」

 ヴォルクの言葉に、坂がわずかに揺れた。


 星が出る。

礫は眠り、次の地形が静かに影を伸ばしはじめた。

読了感謝。石の音や踏みしめる感覚で思い出す景色があれば、教えてください。また明日。

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