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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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121/186

第121話 蒼跡の浜

深呼吸をひとつ。音のない浜は“記憶の章”への入り口。

蒼澄の沢を抜けると、地面がゆっくり乾き、風が海の気配を連れてきた。

 前方には、波音のしない浜が広がっていた。“蒼跡そうせきの浜”。

 遠くに海が見えるのに、音が届かない。

 砂は白く、ところどころに蒼い薄片が散らばり、光の角度でゆっくりと色を変える。


「塵なし。鏡なし。……砂が静かすぎる」カイが足先で砂を払う。

 音がしない。

「澄も火も過ぎた。今日はあとが舌」ライラが薄片を拾う。

 熱も冷たさもない。ただ“記憶の欠片”だけがそこにあった。


 浜の中央には、薄い海色をまとった“跡守あともり”が立っていた。

 腰紐に藍はない。掌には、割れかけた“跡核あとかく”。


「ここは波の‘記憶’が残る浜。

 音はなく、形だけが残り、そして消える。

 ……通るなら、この核を‘踏んではいけない’」


 ヴォルクが眉をひそめる。「踏まずに通れ、ということか」

 跡守は頷かない。だが否定もしない。

 ただ手の中の跡核が“揺れずに揺れる”。


「借りる腹は返す足で」

 商人が低く言い、バルドが前に出る。

 核は地面へ置かれた。

 ライラがその周囲をそっと回り、足跡をつけないように歩幅を整える。

 砂が揺れず、跡だけが光を返した。


「谷へ二、丘へ一。避けは半手で」跡守が囁く。

「覚えた」ライラはその“避ける拍”を骨に刻んだ。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢へ据え、布袋の水をひとすくい。“旅酵たびこう”を落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、澄片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。


「“跡守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」


 酸が静かに跳ね、浜の“音のない気配”と混じった。

 カイがすすり、胸の奥が静かに広がる。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は砂の光を見ながら言った。「歩幅を稼ぐ味だ」


 浜には藍の点が散っており、それぞれが“波の形”だけを残していた。

「粉の囁きは沈む。舌は跡」ライラが薄い片を並べて光を観察する。

「濡れ布の揺れなし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 跡守が淡い“跡片あとへん”をミーナに渡した。

「器に沈めれば、味が‘残って消える’」

「受け取ります。澄片と重ねます」ミーナが静かに包む。


 正午前、浜の影で休止する。

 火は使わず、“跡守りの薄”を裂き、跡粉を押し戻す。

 香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。心が静かに‘波の形’だけを受け取ります」ミーナが配る。

 バルドは砂が返すわずかな拍に耳を澄ませた。


 午後、海の色が深まりはじめたころ──

 遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐに消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

目はいるが、舌は遠い。


「跡は眠った。耳は届かない」ライラが静かに言う。

「良い。歩幅は揃える」

ヴォルクは二列に整え、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼跡の浜を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増えず、必要のない夜。

器に跡片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸の奥で静かに消え、また少し残った。


 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼跡の浜、避け歩き、跡片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」

 ヴォルクの言葉に、波のない海がひとつ光を返した。


 星が出る。

跡は眠り、道はまだ先の景色へ続いていた。

読了感謝。消えた跡の記憶や、静かな浜辺の思い出があれば教えてください。また明日。

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