第012話 砦の依頼
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水分と深呼吸、忘れずに。
石積みの小丘が、荒野の端を押さえていた。土壁に木柵を継いだだけの小砦だが、旗に描かれた歯車と穂の紋は確かにカルディアのものだ。門番がヴォルクの印章札を見ると、慌ただしく鎖を外した。
内側は狭い。乾いた井戸、矢束の山、修繕の終わらない胸壁。迎えに出たのは、若い軍吏と顔に古傷のある下士官だった。
「饗狼傭兵団だな。話は届いている」軍吏が巻簡を広げ、早口で続ける。「依頼は三日。援軍到着まで南面の柵を持たせてほしい。報酬は金貨、及び保存食と塩の支給」
「条件は悪くない」ヴォルクは周囲を一巡し、胸壁の高さと視界、射線を目に刻む。「ただし、矢と水と土嚢の数を先に数える」
「先に数えるのは舌の数でしょう」ライラが笑みも見せず、軍吏の手元の印章に視線を落とす。「偽りはない。けれど砦の胃袋はすでに空に近い」
下士官が肩を竦めた。「乾季は皆、胃袋で嘘をつく。中へ。熱いのがある」
兵舎の端で、大鍋がゆっくりと泡を立てていた。ミーナは木杓子を受け取り、豆の柔らかさを確かめる。乾燥豆と根菜の薄塩スープ。その横には、割っても指が痛むほどの硬パン。
「……香りは優しいのに、手触りは強情ですね」
「歯を通したら、湯に浸せ」バルドが椀を受け取り、豆をひと口すする。「うん、腹に落ちる。戦う湯だ」
カイは硬パンを小さく割り、スープに沈めてから口へ運ぶ。乾いた表面が湯を吸い、歯の裏でほどける。「塩は控えめ。持たせる味」
「持たせるのは味と士気だ」ヴォルクは鍋の火の強さと釜戸の位置を確認し、周囲の導線に目を走らせた。「兵は何名、生きている?」
「二十七。うち四が負傷。矢は五百弱。水は井戸の底が見える」下士官は数字を吐き出すように言う。「南面の柵は低い。丘の影が午後に伸びる」
「影は味方だ」ライラは地図に小さな×印をいくつか描く。「見張り台を一つ増やす。壊れた梯子は切って杭に。土嚢は袋を二重に」
「それから、煮炊きの香りは午后に一度だけ」ミーナが鍋を見つめる。「夜は火を細く。匂いで数を悟られます」
軍吏は巻簡を畳み、ヴォルクに差し出した。「契約を」
ヴォルクは指で印を押し、短く告げる。「三日。援軍が来るまで、ここは我々の台所だ」
午後、南面の柵の前に浅い塹壕が刻まれ、崩れた杭が新しい列になった。バルドが土を踏み固め、カイが射界を測り、ライラは見張りの交代を再配置する。ミーナは鍋と水の配分表を作り、兵士たちの顔色を一人ずつ確かめた。
「足りないのは物ではなく手順」ライラが低く言う。「合図を決める。笛は三短一長で退き、二長で伏せ」
「夜は灯を一つに。その灯で皆の影を数える」カイが頷く。
「よし」ヴォルクは南の地平を見た。砂の向こう、薄い塵が揺れているようにも見える。「呼吸を合わせろ。腹を満たすのは、持ち場を持たせてからだ」
夕刻、鍋は再び火にかけられ、硬パンは薄く割られて配られた。豆の甘みが塩に寄り添い、喉を過ぎる温度が胸を落ち着かせる。
砦は小さい。だが小さい焚き火は、風が変わるまで消えない。
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