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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第119話 蒼火の窪地

深呼吸をひとつ。火が眠り、拍だけが残る場所は“息の調律”の章。

蒼途の広場を離れると、空気の層がふっと熱を帯びた。

 乾いた熱ではない。胸の奥に灯を置かれたような、柔らかい温度。“蒼火そうかの窪地”。

 足元の土は薄く赤みを帯び、ところどころに蒼いりんの粒が潜んでいる。

 窪地の中心ほど、熱が脈のように返ってきた。


「塵なし。鏡なし。……火じゃないのに、火の呼吸だ」カイが土へ手をかざす。

「途も陸も過ぎた。今日は火が舌」ライラが窪地の縁から土をすくう。指先にじんわり温度が乗った。


 窪地の中央、小さなほむらの影をまとった“火守かもり”が佇んでいた。

 腰紐に藍はない。掌には淡く光る“火核かかく”がひとつ。


「ここは火が眠り、拍だけが残る地。

 強く触れれば消え、そっと扱えば光が戻る。

 ……通るなら、この火核を“冷たい手”で受け取れ」


 ヴォルクが息を整え、御者台の商人へ視線を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが火核へ触れようとするが、手を引く。熱ではない。拍が強い。

 ライラが一歩前に出て、胸の呼吸を整え、火核へ静かに触れた。

 火核は熱を帯びず、代わりに“道の拍”をひとつだけ返した。


「谷へ二、丘へ一。受けは半手で」火守が告げる。

「覚えた」ライラはその拍を骨へ刻んだ。


 ミーナは火を使わない。

 黒石を布に包み、木鉢へ据え、布袋の水をひとすくい。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とす。

 焙り麦の粉をひとつまみ、途片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。


「“火守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」


 酸が短く跳ね、土と熱の香りがかすかに混ざった。

 カイがすすり、胸の奥に薄い灯が灯る。「軽いのに、腹に柱が立つ」

商人が窪地の拍を見ながら言う。「歩幅を稼ぐ味だ」


 窪地の土には、藍の点は沈み、代わりに蒼い燐が小さく呼吸をしていた。

「粉の囁きは沈む。舌は火」ライラが燐の粒を撫でる。

「濡れ布の揺れなし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 火守が淡い“火片かへん”をミーナに渡す。

「器に沈めれば、味が熱を持つ」

「受け取ります。途片と重ねます」ミーナが深く包んだ。


 正午前、窪地の影で休止をとる。

 火は使わず、“火守りの薄”を裂き、火粉を押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。胸がゆっくり灯ります」ミーナが配る。

 バルドは窪地の拍に合わせて深く呼吸した。


 午後、温度がゆっくり落ち、窪地が平らな土へ戻るころ──

 遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

 目はいるが、舌は遠い。


「火は眠った。耳は届かない」ライラが告げる。

「良い。歩幅は揃える」

ヴォルクは二列に整え、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼火の窪地を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜。

器に火片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸の奥へ静かに広がった。


 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼火の窪地、核受け、火片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、燐がひとつ瞬いた。


 星が出る。

火は眠り、道はまだ先へ、熱の向こう側へ続いていた。

読了感謝。胸に灯がともる瞬間を覚えていたら、そっと教えてください。また明日。

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