表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/176

第116話 蒼縁の森

深呼吸をひとつ。森は“つながり”を象徴する場所だよ。

蒼芽の谷を抜けると、風の匂いがさらに濃くなった。湿り気は少なく、緑の香りが深い。“蒼縁そうえんの森”。

 森といっても鬱蒼とはしていない。幹は細く、葉は薄い青を帯びて透けるように光を返す。

 足元は柔らかく、踏むたびに低く“小さなふち”のような拍が鳴った。


「塵なし。鏡なし。……木が呼吸してる」カイが幹へ手を添える。

「芽も道も過ぎた。今日は縁が舌」ライラが葉を撫で、その震えを確かめた。葉脈が光に揺れ、拍が返る。


 森の入り口に、淡い青緑の外套をまとった“縁守えんもり”が立っていた。

 腰紐に藍はない。掌には、ひときわ細い木の“縁枝えんし”。


「ここは縁がつながる森。触れたもの同士がかすかに響き合う。

 進む者は軽さを、戻る者は深さを持ち帰る。

 ……通るなら、この枝で森にひと筆刻め」


 ヴォルクが頷き、御者台の商人へ視線を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが縁枝を受け取り、ライラが森の幹にそっとひと線を刻む。

 幹は傷まず、代わりに光がふわりと広がり、森全体へ拍が伝わった。


「谷へ二、丘へ一。刻みは半手で」縁守が静かに告げる。

「覚えた」ライラはその縁の拍を骨に刻んだ。


 ミーナは火を使わない。黒石を布に包み、木鉢へ据え、布袋の水をひとすくい。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とす。

 焙り麦の粉をひとつまみ、芽片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。


「“縁守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」


 酸がやわらかく跳ね、森の香りと混ざる。

 カイがひと口すすり、胸の奥が深く息を吸うように整う。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は森の拍を聞きながら言う。「歩幅を稼ぐ味だ」


 森の道には、小さな葉の形をした“縁筋”が淡く輝いていた。藍の点の代わりに、葉脈の光が道を示している。

「粉の囁きは沈む。舌は縁」ライラが葉脈を指でなぞる。

「濡れ布の揺れなし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」


 縁守が薄い“縁片えんぺん”をミーナに渡す。

「器に沈めれば、味が深まる」

「受け取ります。芽片と重ねます」ミーナが丁寧に包んだ。


 正午前、森の影で休止する。火は使わず、“縁守りの薄”を裂き、縁粉を押し戻す。

 香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。胸の輪郭が整います」ミーナが配る。

 バルドは森の拍を聞きながら深く呼吸した。


 午後、森の木々がゆるやかに間隔を広げ、再び空が見え始めるころ──

 遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。

 目はいるが、舌は遠い。


「縁は眠った。耳は届かない」ライラの声は穏やかだった。

「良い。歩幅は揃える」

 ヴォルクは隊を二列に整え、御者台へ親指を立てる。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼縁の森を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜。

 器に縁片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気はない。酸が胸の奥へ優しく広がった。


 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼縁の森、縁刻み、縁片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、森がひとつ低く響いた。


 星が出る。

 縁は眠り、さらに深い地形が、静かに姿を見せようとしていた。

読了感謝。葉の匂いや森の拍で思い出す感覚があれば、教えてください。また明日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ