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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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114/170

第114話 蒼踏の新道

深呼吸をひとつ。ここからは“蒼道の次”を歩く章だよ。

蒼明の境界を抜けた瞬間、足元の“無音”がゆっくりと破れていった。

 空気が地となり、地が風となり、風がまた道の形へ戻っていく。

 ゆるやかな勾配が前方へ伸び、そこにはこれまで歩んできたどの道とも違う、素朴で柔らかな色をした“道”が立ち上がっていた。

 名もなかったはずのそれに、隊全員が自然とひとつの言葉を重ねる。


新道しんみち”。


 蒼でも灰でもなく、土と光が半分ずつ混ざったような風景。

 風は弱いが、道そのものが“歩幅を迎える”ように揺れていた。

 帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。


「塵なし。鏡なし。……呼吸が軽い」カイが歩をひとつ進める。

「明も果ても過ぎた。今日は道が舌」ライラが足裏の感触を確かめた。柔らかい。だが芯が一本、縦に通っている。


 道の入り口に、蒼でも灰でもない、淡い土色の衣を纏った人物が立っていた。

 腰紐に藍はない。

 掌には“土拍どはく”と呼ばれる、小さな土の欠片。


「ここは新しい道。過去の歩幅も、明の拍も、一度ほどき、また結ぶ場所。

 進む者は軽い息を、戻る者は深い息を持ち帰る。

 ……通るなら、この土拍を踏め」


 ヴォルクがうなずき、御者台の商人へ短く目を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが土拍を受け取り、ライラが地へそっと置く。

 カイが前へ出て、一歩──静かに踏みしめた。


 土拍が、ぱん、と乾いた音ではなく、“柔らかい音”を返した。

 その響きは隊全員の胸にひとつ染み込む。


「谷へ二、丘へ一。踏みは半手で」

 土色の人物が静かに告げる。

「覚えた」

 ライラはそのやさしい拍を骨に刻んだ。


 ミーナは火を使わない。

 いつも通り黒石を布に包み、木鉢を据える。布袋の水をひとすくい、“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とす。焙り麦の粉をひとつまみ、明片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“踏守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」

 酸が短く跳ね、土の柔らかさを思わせる香りが広がる。

 カイがひと口すすり、深く息を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は新道の揺れを見ながら言う。「歩幅を稼ぐ味だ」


 新道の地面には、古い藍の点はほとんどなかった。

 代わりに、小さな“土の粒”が道の中心に線を描いていた。

「粉の囁きは沈む。舌は道」ライラが粒をすくい、光に透かした。

「濡れ布の揺れなし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 道の人物が淡い“踏片とうへん”をミーナに渡す。

「器に沈めれば、味がほどけてまた結ばれる」

「受け取ります。明片と重ねます」ミーナは丁寧に包んだ。


 正午前──なのか、光はまだ境界の余韻を残していたが、休止する。

 火は使わず、“踏守りの薄”を裂き、踏粉を押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。胸がゆっくりひらきます」ミーナが配る。

 バルドは新道の柔らかい拍に合わせ、深く呼吸した。


 午後、新道が緩やかに勾配を増すころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。

 鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「道は眠った。耳は届かない」ライラが静かに告げる。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクが隊を二列に整え、御者台へ親指を立てる。「合図は指で足りる」


 夕刻──と呼ぶには少し早い明るさのまま、帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜。

 器に踏片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸の奥で柔らかく広がった。

 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼踏の新道、拍踏み、踏片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、新道が静かにひとつ揺れた。


 星が出る。

そして“新しい章”は、静かに歩き始めた。

読了感謝。新しい道を踏み出すときの感覚があれば、そっと聞かせて。また明日。

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