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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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111/159

第111話 蒼路の芯

深呼吸をひとつ。“芯”は蒼道全体の底に流れていた心臓部だよ。

蒼伽の門前を越えた瞬間、空気が変わった。乾きでも湿りでもない、胸の奥だけがふっと温かくなるような気配。“蒼路そうろの芯”。

 地面は平らで、色も模様もほとんどない。風も弱く、影も薄い。ただ、足を置くたびに、ほんのわずかに“道の心臓”のような鼓動が返ってくる。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡あり。……土が、考えてるみたいだ」カイが足裏で確かめる。

「門も晶も過ぎた。今日は芯が舌」ライラが膝をつき、掌で地を押さえた。脈が返ってくる。だが、それは危険ではない。呼吸と同じタイミングだった。


 広場の中央に、灰蒼の衣をまとう“芯守しんもり”が立っていた。腰紐に藍はない。掌には丸い“蒼芯珠そうしんじゅ”。

「ここは道の芯。旅人の歩幅がそのまま記録になる場所。重い嘘は沈み、軽い真実は響く。……通るなら、この珠を地へ置け」

 ヴォルクは短く頷き、御者台の商人へ視線を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが珠を受け取り、ライラが広場の中心へそっと置いた。

 珠は沈まない。ただひとつ脈打ち、道の鼓動が隊全員の胸へ静かに広がる。

「谷へ二、丘へ一。置きは半手で」芯守が囁く。

「覚えた」ライラはその鼓動を骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布に包み、木鉢に据え、布袋の水をひとすくい。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落として混ぜる。焙り麦の粉をひとつまみ、伽片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“芯守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」

 酸が短く跳ね、土の鼓動を思わせる香りが広がる。カイがひと口すすり、胸が静かにまとまる。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は珠の脈を眺めて、「歩幅を稼ぐ味だ」と落ち着いた声で言った。


 芯の広場には古い藍の点が輪を描くように並んでいた。粒は細い。濁らず、揺れず、ただ静かに芯へ向かうように配置されている。代わりに、土中の拍と珠の律が“話す”。

「粉の囁きは沈む。舌は芯」ライラが藍の粒を撫でる。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 芯守が淡い“芯片しんへん”をミーナに渡す。「器に沈めれば味が揃う」

「受け取ります。伽片と重ねます」ミーナが布に包む。


 正午前、芯の影で短い休止。火は使わず、“芯守りの薄”を裂き、芯粉を指先で散らし押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。胸の真ん中が落ち着きます」ミーナが配る。

 バルドは深く息をし、地の脈に合わせるように目を閉じた。


 午後、広場の境界がゆっくり薄れ、再び道が一本の線となったころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「芯は眠った。耳は届かない」ライラが静かに呟く。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊を二列へ整え、御者台へ親指を立てる。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼路の芯を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増えず、必要のない夜。器に芯片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸の奥を優しく撫でた。

 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼路の芯、珠置き、芯片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの声に、地中の脈がひとつ返した。


 星が出る。芯は眠り、次に現れる地は——この蒼道の真正面にあるものだった。

読了感謝。胸の奥がふっと温かくなる瞬間の思い出があれば、そっと教えてください。また明日。

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