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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第108話 蒼帯の渡路

深呼吸をひとつ。帯のような細い道は、次の景色への“つなぎ”になる。

蒼潮の入り江を離れると、砂は固く締まり、やがて細い帯のような道が海と陸の境をまっすぐに伸びていた。“蒼帯そうたいの渡路”。片側には静かな潮、もう片側には湿った草原。風は穏やかだが、帯の上だけは特有の拍を刻むように振動していた。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡あり。……道が一本の線みたいだ」カイが砂帯を指で押す。しなりが返ってきた。

「潮も穂も過ぎた。今日は帯が舌」ライラが片足を前へ出し、拍を確かめる。歩幅と微妙に呼吸が合う。


 帯の中央に、海風を纏った帯守たいもりが立っていた。腰紐に藍はない。掌には細長い“帯片おびへん”。

「ここは揺れが左右で異なる路。気を抜けば片側へ落ちる。……通るなら、この帯片を砂に差せ」

 ヴォルクは頷き、御者台の商人へ視線を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが帯片を受け取り、ライラが帯の中央へそっと差した。砂がわずかに締まり、道が一本の筋として固まった。

「谷へ二、丘へ一。差しは半手で」帯守が囁く。

「覚えた」ライラは帯の拍を骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で包み、木鉢の底に据える。布袋の水をひとすくい。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、潮片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“帯守りのすすり”。湯気は出さず、温いで止める」

 酸が短く跳ね、潮の香りが淡く溶ける。カイがひと口すすり、足の裏の緊張が抜けた。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は潮と草の境を眺めながら言う。「歩幅を稼ぐ味だ」


 渡路の砂には古い藍の点が縫い目のように連なっていた。粒は細く、潮にも草にも流されず一直線を描く。代わりに、砂の拍と帯の振動が“話す”。

「粉の囁きは沈む。舌は帯」ライラが帯の中心線をなぞる。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」


 帯守が薄い“帯骨たいこつ”をミーナに渡した。「器に沈めれば味が締まる」

「受け取ります。潮片と重ねる」ミーナが布に包む。


 正午前、帯の影で短い休止。火は使わず、“帯守りの薄”を裂き、帯粉を指先で散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。足並みが揃う」ミーナが配る。

 バルドは深く息をつき、左右の潮と草の音を確かめた。


 午後、渡路が太くなりはじめたころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐに消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「帯は眠った。耳は届かない」ライラが静かに呟く。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊を二列に整え、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、蒼帯の渡路を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜。器に帯骨を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸の奥をそっと撫でた。

 御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼帯の渡路、帯差し、帯骨。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの声に、渡路がひと筋だけ締まった。


 星が出る。潮も草も眠り、道は前へ延びている。

読了感謝。海と草のあいだの細い路で思い出す景色があれば教えてください。また明日。

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