第101話 蒼道の分岐
立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ。ここから先は少しだけ“収束”が進む章になる。
蒼紋の道標を越えてしばらく進むと、道が二つに割れた。“蒼道の分岐”。片方は薄く光り、もう片方は影のように沈んでいる。どちらも足跡はなく、風さえも選びあぐねているようだった。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。
「塵なし。鏡なし。……道が迷ってる」カイが左右を見比べる。
「紋も露も過ぎた。今日は道が舌」ライラが両方の道に掌をかざした。片方は温い。片方は冷たい。
分岐の中心に、青い外套に身を包んだ旅人が立っていた。腰紐に藍はない。掌には、二枚の薄い石札。
「ここでは選んだ道が名を刻む。進むほど重くなる。……通るなら、どちらかの札を地へ伏せよ」
ヴォルクは頷き、御者台の商人へ目を送る。「借りる腹は返す足で」
バルドが札を受け取り、ライラがじっと息を整え、温い方の札を地へ伏せた。冷たい札は手の中で静かに割れ、粉になった。
「谷へ二、丘へ一。伏せは半手で」旅人が囁く。
「覚えた」ライラは選んだ道の質を骨に刻んだ。
作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で包み、木鉢の底に据える。布袋の水をひとすくい。“旅酵”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、紋片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。
「“道守りの薄り”。湯気は出さず、温いで止める」
酸が短く跳ね、石の香りが穏やかに広がる。カイがひと口すすり、心がひとつに収束する。「軽いのに、腹に柱が立つ」
商人はわずかに口角を上げ、「歩幅を稼ぐ味だ」と静かに応えた。
分岐の端に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細いが、左右の道に平等に散っている。代わりに、選ばれた道の脈と土の響きが“話す”。
「粉の囁きは沈む。舌は道」ライラが選んだ側の土を撫でた。
「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」
旅人が薄い蒼道片をミーナに渡した。「器に沈めれば、迷いが澄む」
「受け取ります。紋片と重ねる」ミーナが布に包む。
正午前、分岐の影で短い休止。火は使わず、“道守りの薄”を裂き、道粉を指先で散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。
「噛まずに舌で広げる。心の足並みが揃う」ミーナが配る。
バルドはゆっくりと頷き、両の道を見比べた。
午後、選んだ道が一本の線に戻るころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。
「道は眠った。耳は届かない」ライラが呟く。
「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊を二列に整え、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」
夕刻、蒼道を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜だ。器に蒼道片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は立たず、酸が胸を静かに撫でていく。
御者台で商人が短く記す。「本日の勘定:蒼道の分岐、札伏せ、道片。歩幅、維持」
「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの声に、大地がかすかにうねった。
星が出る。道は定まり、明日はまた新しい地形が来る。
読了感謝。岐路での記憶や、選んだ道の思い出があればそっと教えてください。また明日。




