第010話 次の戦場へ
立ち寄りありがとう。
朝の一杯は心を落ち着ける良薬。
今日も穏やかにいこう。
更新は毎日11:00予定。無理なく、楽しく。
朝霧が街道の石を白く曇らせていた。廃祠から一刻半、饗狼傭兵団は小さな関所町へ入る。捕らえた襲撃者を衛兵詰所に引き渡すと、帳場の役人は目を丸くし、次に眉をひそめた。
「同じ結び目、同じ矢羽根……どこかで読んだ話のようだな。届け出は受理する。が、根は深い」
紙片に記された印を見たライラが軽く肩をすくめる。「予想どおり。誰かが場所を売ってる」
「売る口はひとつじゃないさ」ヴォルクは短く返し、署名を済ませた。「ここで踏み込めば泥に沈む。足を前へ動かす」
詰所を出ると、町の端の空き地で鍋が吊られ、乾燥豆と根菜の香りが朝の冷えに溶けていた。ミーナが両の掌で器を温め、慎重に味見する。
「塩は控えめ、豆は戻りきった。根菜は甘い……体が起きます」
「起きるだけでいい、走るのはこれからだ」バルドは木椀を受け取って、ひと息にすする。「うん、腹に道が通る」
カイは鍋の湯気越しに空を見た。「北の雲が崩れてる。南は乾いてるな」
「南へ、だ」ヴォルクが言う。
その時、革靴の速い音が近づいた。関所の使い走りが息を切らせ、巻簡を差し出す。「急ぎの伝達! カルディア連邦の徴募通達、傭兵団各位へ。南部前線、砦防衛の契約を求む――指名の印あり」
ライラが印章を光に翳す。「本物。港湾議員の線ね。報酬は……高い」
「高いなら向こうも急いでいる」ヴォルクは巻簡を畳む。「南部は乾く。補給に穴が出る」
「つまり、うちが穴を埋める」バルドの口元に粗い笑みが浮かぶ。
ミーナが鍋を見つめ、名残惜しそうに火を落とした。「今のうちに食べ切って、携行分は固めます」
「焦がすなよ」カイが笑い、矢羽根の具合をもう一度確かめた。
空き地の隅では、人足たちが荷馬車の車軸を締めている。ライラは商人から地図を買い、最短路を指で繋いだ。「街道を一つ外し、川沿いの土道に入る。渡河は昼、風下で」
「同意」ヴォルクは頷き、全員へ目を配る。「関所で余計な口は聞くな。倒れた連中の仲間が耳を張っている」
「昨夜の連中、笛で退き合図を持ってた。次は角笛が増えるかもな」バルドが肩の斧を軽く叩く。
「なら、こちらは視線で足りる」ライラの瞳は冷えて冴えた。
豆の鍋は底を見せ、最後の一杯がミーナの手からヴォルクへ渡った。温かさが喉を通り、腹の底で静かに広がる。
「腹は借り、命は貸す。返す先は契約書」ヴォルクは木椀を返し、革手袋を締め直した。「出る。南へ。砦に間に合わせる」
荷は軽く、足取りは速く。街の外れ、朝日が石垣の角を金色に染める。関所の鐘が二度鳴り、町の犬が吠え、商人が帆布を巻き上げる音が追いかけてきた。
カイが先頭へ出て、風の匂いを嗅ぐ。「土と草。それに、遠い鉄の匂い」
「戦だ」バルドが短く言い、笑うでも唸るでもない声を喉に落とした。
ミーナは食器を布で包み、背の籠に収める。ライラは最後に空き地を振り返り、消し忘れの灰を指先で潰した。
痕跡はない。あるのは、南へ延びる細い影だけ。
彼らは陽の筋を跨ぎ、次の戦場へ歩を進めた。
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