第001話 腹を満たす夢
こんにちわ、こんばんわ
今日から新作スタート!!
ごゆっくりどうぞ(^ω^)_凵
乾いた風が、野営地の焚き火を低く鳴らした。夜の縁に、鉄と脂のにおいが薄く漂う。
傭兵団の輪の中心で、団長ヴォルクが折り畳みの地図を親指で押さえる。火の粉が、彼の古傷の走る頬を赤く染めた。
「明日、北の街道を迂回する。カルディアの斥候と鉢合わせるのは避けたい」
落ち着いた声に、古参のバルドが鼻で笑う。
「腹が鳴って道が揺れるぜ、団長。今日の稼ぎは干し肉一切れ分ってとこだ」
若手の狙撃手カイは、空の木椀をのぞき込み、誇張気味に肩を落とす。
「俺は二切れ……いや、夢の中で三切れはいける」
その隣で、前掛けを結んだミーナが、小鍋の蓋を指で押さえた。蒸気が白くあがり、塩と麦の穀香が広がる。
「……大麦と干し肉の薄塩煮。長く煮たから、硬さはましだと思う」
副団長ライラは短くうなずき、周囲を見渡す。
「見張りは二交代。食べた者から寝ろ」
鍋は質素だ。大麦は膨らみ、塩にほぐれた干し肉の繊維から、わずかな旨味が染み出している。香草も油もない。けれど、冷えた腹には温かさが染みる。
ひと口。歯にあたる麦のぷつり、舌に触れる塩の角。二口目に、干し肉の出汁が遅れて追いかけてきた。味は薄い。だが、狼たちは静かになった。
「……悪くない」
ヴォルクの言葉に、ミーナの眉がほんの少しゆるむ。
「次は、野草が手に入れば香りが出せるんだけど」
「香りは明日だ。今日は温かければ勝ちだ」
バルドは木匙を鍋に突っ込み、麦をすくっては口へ運ぶ。カイは椀の底を覗き込み、名残惜しげに舌でさらった。
「いつかさ」
カイが火を見つめたまま言った。
「肉を、塩じゃなくて、脂で揚げて、胡椒ってやつを振ってさ。皿が冷める前に、腹が破れるまで食べてみたい」
「夢を声にすると、安くなる」
ライラがからかうと、ヴォルクは笑い、地図を畳んだ。
「なら高く売ろう。仕事でだ。名を上げ、契約を太くする。腹を満たすのは、戦いの先にある」
火の周りの影が、風に合わせて揺れた。夜空は澄み、星は遠い。
見張りについたライラは耳を澄ます。草をわける音、乾いた土の冷たさ、遠くで鳴る梟。敵の足音はない。代わりに、胃の静かな訴えが夜気に紛れる。
焚き火のそば、ヴォルクは鞄から小さな袋を出し、鍋に指先で粉を落とした。ミーナが目を丸くする。
「それ、何?」
「ザルツで買った乾いた根の粉だ。香りは弱いが、麦の匂いに影を作る」
湯気がかすかに変わる。土のような、穏やかな甘みが立ちのぼった。誰も言葉にはしない。ただ、匙がほんの少しだけ早く動いた。
食べ終えれば、再び戦の話だ。カルディアの商隊護衛、オルフェンの関税、ヴァルデンの徴募の噂。どれも、腹と命の値札に繋がっている。
「明日の朝までに、川沿いの茂みを抜ける」
ヴォルクが締めると、カイは寝袋に潜り込み、天幕の隙間から星を数えはじめた。
「……百、百一、百二。全部食べきれないくらいの星だ」
「寝言は朝にしな」
ライラの声は冷たいが、火よりも柔らかかった。
風が鍋の底を冷ます。最後の麦粒を指でつまみ、ミーナは小さく息を吐く。
明日も戦い、明日も食べる。薄い塩の味でも、生き延びた者だけが次の一匙を口にできる。
焚き火が、狼たちの影を長く伸ばした。影はひとつに重なり、夜は深くなる。
腹を満たす夢は、火の色のように小さい。だが消えない。彼らはそれを囲み、夜明けを待った。
ここまで読んでくださってありがとうございます
波間と2作同時連載ですが、頑張ります。
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