第7話 はじめて土器をつくった人
ある日、トゥカは川辺にいた
犬と一緒に、昨日の宴で汚れた石皿を洗っていたのだ
「ふぅ……タコの汁って、石にこびりつくと取れにくいなぁ」
「ワンッ」
「おい飲むな それ昨日のタレだぞ」
洗い終えた皿を地面に置こうとしたとき、トゥカの足元で何かがぐにゅっとした
見下ろすと、茶色くてやわらかい土があった
昨日の雨で水をたっぷり吸いこんだらしい
「ん? これ……粘っこいな」
つまんでみると、指にまとわりつく
両手でこねると、ぐにゅりぐにゅりと形が変わった
「……ウホッ これ、形作れるぞ」
その場で犬の顔をまねてみる
「ほら犬、似てるだろ」
「ワン……」
「似てないか……じゃあ皿っぽくしてみよう」
丸く広げてみると、意外とそれらしくなった
そこへ、村の長老が通りかかる
「おお、何をしておる」
「これ、土なんですけど……形が好きに作れるんですよ」
「ふむ……それは面白いな だが、そんなやわな皿ではすぐ崩れるじゃろう」
「確かに……あっ 火で焼いたら固まるんじゃね」
「……おお、それは神の試練かもしれん」
試練という言葉に、トゥカはますますやる気を出した
乾かした土の皿を、焚き火の横に置く
すると、煙と熱でじわじわと色が変わっていく
村人たちが息をのんで見守る中、土の表面が次第に白っぽくなり、ひびが入り、やがて落ち着いた
「おお……」
やがて、土の皿はかちかちに固まった
指で叩くと、コンコンと石みたいな音がする
「できた これ、土皿だ」
長老が試しに水を入れてみる
しばらく置いても、水は漏れなかった
「これは……すごいぞ」
村人たちも集まってきた
「なにこれ」
「水が入るぞ」
「魚のスープ作れるじゃん」
「火にかけたら、肉を煮込めるかも」
「タコを丸ごと煮たらどうなるんだろうな」
「犬の骨スープもできるぞ」
トゥカは思わず叫んだ
「よし、でっかい鍋つくろうぜ」
そこから村は大騒ぎになった
みんなで川辺から粘土をこね、大きな器を形づくり、火で焼く
中には、変な形の土器をつくるやつもいた
「おいそれ、何作ってんだ」
「タコ専用皿だ」
「俺は犬の水飲み用」
「わしは長老専用の椅子を土で作る」
「椅子は無理じゃろ……あっ、割れた」
犬も満足そうに尻尾を振った
だが、最初の数日は失敗の連続だった
急いで火に入れすぎて爆ぜる土器、形を欲張って大きすぎて崩れる鍋、焼きあがったら底が抜ける壺
それでも村人たちは笑って作り続けた
「今度はもっと薄くしてみよう」
「いや厚くしないと割れるぞ」
「じゃあ半分ずつだ」
ある若い娘は、土器のふちに貝殻で模様をつけた
それを見た者たちが一斉に真似をし、村の広場には模様入りの器がずらりと並んだ
「これ、俺のマークだぞ」
「なんだその丸と棒は」
「タコだ」
そんなやりとりの中で、土器はただの道具ではなく、自分の印を刻む“持ち物”になっていった
数日後
土器は村の暮らしを変えた
川から水を運び、蓄えることができる
煮込み料理ができるようになり、固い肉もやわらかくなった
残った食べ物を保存しておけるようになった
熱いスープを土器ごと地面に置けば、冷めるまでゆっくり話を楽しめるようにもなった
ある者は、香草を煮出して香りのよい汁を作り
ある者は、果物を潰して煮詰め、甘いどろりとした液体を作った
これまで焼くか生で食べるしかなかった村の食事が、一気に豊かになった
その便利さから、隣の村との物々交換にも土器が使われるようになった
魚や干し肉の代わりに、頑丈で水を漏らさない器が喜ばれたのだ
やがてトゥカの村は“器の村”と呼ばれるようになった
「これは……火の次にすごい発明だな」
「いや、タコの次かも」
「犬よりは上だろ」
「ウソや酒と比べたらどうだ」
「どっちも必要だな 宴には酒、煮込みには土器だ」
村の中で、土器の価値をめぐる議論が続いたが、誰もが認めたのは
土器があると生活がめちゃくちゃ便利になるという事実だった
長老は火の前で宣言した
「この土の器をどきと呼ぶ」
「土の器だから、どき」
「おおー」
その日から、川辺には土器づくりの広場ができた
朝には粘土を運ぶ者、昼には形を作る者、夜には火を囲んで焼く者の姿があった
子どもたちは小さな土器に花や石を入れて遊び、女たちは煮込みの香りを漂わせ、男たちは頑丈な壺に水をためて遠くの狩場へ向かった
こうして、村には土器の時代が訪れた
火、タコ、犬、石器、ウソ、酒、そして土器
文明の炎は、ますます大きく燃え上がっていった
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