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第4話 はじめて石器を作る

 家畜という新しい仲間が増え、村の暮らしはまた一段と安定していた。狩りの成功率は上がり、人々の腹は満たされ、心には余裕が生まれていた。食料が豊かになると、人々は次なる欲求、すなわち「より美味しく、より便利に」という探求へと向かう。


 その日、トゥカは海の恵みである大きな魚を前に、唸り声を上げていた。彼の傍らには、相棒となった犬がちょこんと座り、主人の様子を静かに見守っている。


 トゥカの手には、動物の骨を削って作ったナイフもどきが握られていた。しかし、これで魚をさばこうとしても、どうにもうまくいかない。ぬるりとした魚の皮の上を、骨の刃先が滑ってしまうのだ。ぐっと力を込めても、ぐにゃぐにゃとした感触が返ってくるばかりで、身は無惨に崩れていく。


「うーん……うまく切れないなぁ……。これじゃあ、せっかくの獲物が台無しだ」


 トゥカが悪戦苦闘していると、そばにいた犬が、どこからか咥えてきた手のひらサイズの石を、彼の足元にぽとんと落とした。


「なんだ? 石か……。今は遊んでる場合じゃないんだがな」


 トゥカはため息をつきながらも、犬が持ってきたその黒光りする硬い石を何気なく拾い上げた。ずしりとした重みが心地よい。彼はふと、その石の角を、魚の腹に押し当ててみた。


(……かたいな。骨とは比べ物にならないくらい、しっかりしてる)


 石は魚の皮に食い込むことはなかったが、その硬質な感触が、トゥカの頭に一つの閃きをもたらした。


(待てよ。じゃあ、この石がもっととがってたら、切れるんじゃないか?)


 その瞬間、トゥカの脳裏に電流が走った。彼は目の前の魚そっちのけで、その石を手に立ち上がった。


 まずは、一番単純な方法を試す。石を地面に思いきり叩きつけてみたのだ。


 ゴン!


 鈍い音が響いたかと思うと、彼の足に激痛が走った。


「痛っ!!」


 狙いが逸れて、自分の足の甲に石を落としてしまったのだ。トゥカはしばらくその場でのたうち回り、犬は心配そうに彼の顔を舐めた。


「くそっ……これじゃダメだ」


 次に彼が試したのは、別の石にぶつけてみることだった。彼はもう一つ、手頃な大きさの石を拾ってくると、二つを両手に持って力任せに打ち付けた。


 カン、カン、ガンッ!


 甲高い音が響き渡る。何度か打ち付けていると、片方の石の縁が鋭く欠け、陽の光を反射してきらりと光る、尖った部分が生まれた。


「おっ!? こ、これは……!」


 トゥカは思わず手を止め、その鋭利な断面に見入った。それは、今まで彼が手にしたどんな道具よりも鋭く、危険な輝きを放っていた。


「これだ! これだよ犬!! お前のおかげだ!」


「ワン!」


 まるで自分の手柄だとでも言うように、犬は誇らしげに一声吠えた。トゥカは興奮を抑えきれないまま、その鋭く割れた石の破片――世界で最初の石器を手に取ると、再び魚に向き合った。


 そして、その鋭利な部分を魚の腹に押し当てる。すると――何の抵抗もなく、スッと刃先が皮を突き破り、身の中へと沈んでいった。今まであれほど苦労していたのが嘘のように、なめらかに切り裂かれていく。


「切れたァァァァァァァァァ!!」


 トゥカの絶叫が、平穏な村に響き渡った。そのただならぬ声に、近くにいた村人たちが何事かと集まってくる。


「トゥカ様! 何をそんなに騒いでいる!」


「また火でも見つけたか!? それとも新しいタコか!?」


 駆けつけた村人たちに、トゥカは興奮した面持ちで、手にした石の破片を掲げてみせた。


「いえす! その通り! 今度は『切るやつ』です!」


 村人たちは半信半疑で、その小さな石の欠片と、見事に切り分けられた魚を交互に見た。一人が恐る恐るその石器を受け取り、残っていた肉の塊に当ててみる。


「うわっ、本当だ! 骨のナイフよりずっと切れるじゃん!」


「貸してみろ! ……おおっ、これ、肉もいけるぞ!」


「なんなら木まで削れる!! すげぇ!」


 村は、再び熱狂の渦に包まれた。人々は我先にと石を打ち付け、自分だけの『切るやつ』を作り始めた。ある者は、鋭く尖らせた石に蔓を巻いて持ち手をつけ、その万能な道具をこう名付けた。


「これは『トゥカナイフ』だ!」


 またある者は、重たい石を叩き割って作った石の頭を、頑丈な木の棒の先に取り付けた。それは、木を打ち倒し、獣の骨を砕く強大な力を持っていた。


「こっちは『トゥカハンマー』と呼ぼう!」


 ナイフ、ハンマー、そして獲物を突くための槍先。石というありふれた素材が、トゥカの発見によって、無限の可能性を秘めた道具へと生まれ変わったのだ。


 その様子を満足げに眺めていた長老が、深く頷きながら言った。いや、もはや誰が言い出したのか分からなかった。それは村人全員の総意となっていた。


「火の神官は、『石の神』でもあったのだ……!」


「ありがたやー! 石の神、トゥカ様!」


 ひれ伏す村人たちを前に、トゥカは困ったように頭を掻いた。


「いや俺、ただの好奇心でやってるだけなんだけど……」


「それこそが神のお告げにちがいない!」


「我ら凡人には聞こえぬ神の声が、トゥカ様には聞こえるのだ!」


 こうして、トゥカの弁明はまたしても熱狂的な信仰心によってかき消され、村には石器の時代が訪れた。


 狩りは格段に楽になり、獲物を仕留める確率も、解体する速さも、以前とは比べ物にならなかった。そして、森の木を削り、組み合わせて、雨風をしのげる頑丈な家の骨組みを作る者まで現れた。


 火、タコ、犬、そして石――。


 人々の暮らしを豊かにする発見を続ける神官トゥカの名は、日に日に増えていき、その伝説は新たな章へと進んでいくのであった。


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