Prologue ~乙女ゲーム【恋愛ラビリンス】~
「やっと……やっと全クリできた……っ! ここまで来るのに随分時間がかかったけど、流石【恋ラビ】……どのルートに行っても最高だったぁ……。」
薄いカーテンの隙間からは、上りつつある朝日の光が零れ入ってきている。
ベッドの上で寝転んでいる私の手元には最新型のゲーム機、周りは私が引っ張り出したゲームのパッケージがいくつも乱雑に散らかっていた。
横長のゲーム機の画面には、綺麗な筆記体で【All Clear】と表示されている。
この表示からも分かるように、しがないゲーマー女子高生の私はたった今、やりこんだゲームのエンドを全て回収したところ。
ゲームのジャンルはどの時代でも一定の需要がある乙女ゲームで、タイトルは【恋愛ラビリンス】。通称恋ラビと呼ばれていて、乙女ゲームの中でも有名な大人気作品だ。
シナリオは“恋愛の仙人”とファンの間で呼ばれている著名なライターさん、イラストは恋愛小説の表紙を描かせれば右に出る者はいないと言われるイラストレーターさん。しかも総監督はどのジャンルにも精通している超有名な人で、調べれば日本が誇るアニメがたくさんサジェストに出てくるほど。
そんな、クオリティが保証されている人たちの集大成であるゲームは当たり前に大人気で、今や乙女ゲームと言えばこれ!と取り上げられるくらいになっている。
ちなみに恋ラビの第一弾が出たのはもう三年前の話で、現在恋ラビシリーズは第5弾まで出ている。
第2弾まではメインヒロインは一緒だけど、第3弾からは一作毎にヒロインが変わっている。
だけど全部が全部違うわけじゃなくて、メインヒロインや攻略対象との繋がりがあったり舞台設定自体は同じものだから、どの作品からプレイしても楽しめるものとなっている。
それこそ私が数秒前に全クリしたのは第5弾で、例に漏れずこの作品も言葉にどう表せばいいか分からないくらい良かった。
メインヒロインは言わずもがな可愛くて、でも言動の端々に強さが垣間見えて応援したくなって……恋ラビのヒロイン全員を嫁にしたいくらいには好き。
攻略対象ももれなく全員イケメンで、中には恋ラビでは定番化している獣人キャラもいて誰のルートから見ようかすっごく迷った。それだけで小一時間使ったと言っても過言じゃないくらいには……。
でも、素晴らしい恋ラビシリーズの中でも第一弾が私は好み。王道の乙女ゲームだけどキャラの良さといい展開といい……初めてプレイしたあの時の衝撃は今でも忘れられない。
……本当に、忘れられない。
というのも恋ラビにも当て馬の立場である悪役令嬢は存在しているんだけど、その悪役令嬢がなんていうか……すごく、可哀想なんだよね。
メインヒロインに嫌がらせしたり騒ぎの原因だったりする悪役に慈悲はいらないのかもしれないけど、実は恋ラビにはIFストーリーがあって……――って!
「今日平日だよね……っ! 学校遅刻しちゃう……!」
呑気に恋ラビに思いを馳せていた私は、視界に入ったカレンダーとスマホの時刻でハッと我に返った。
成績を落とさない事と遅刻しない事を条件に、お父さんたちから同人ショップが激近のこのアパートに住む許可貰ってるのに、このままだと怒られて実家に強制送還されてしまう。
そう焦って慌ててベッドから地に足を付けるも、徹夜したからかフラフラして視界が定まらない。
低気圧だから頭痛も酷いし、今日は休んじゃおうかな……。
なんて一瞬考えたけど、今日は定期テスト範囲の課題が配られる日。今日行かないと自分から先生に貰いに行かないとだから、面倒だけど行かなくちゃ。
いや、寝てない私が100%悪いんだけどね……。
まだはっきり開かない瞼を無理やり上げて、名残惜しくゲーム機を投げ捨てて制服に腕を通す。
朝ご飯は……まぁ、今日はいいや。時間もないし、急がないと……!
胸元にリボンを結びつつ時間を確認して、戸締まりもそこそこにスクールバッグを引っ掴む。
学校までは走ったら10分くらいで着くはず……けどそれじゃあ、ギリギリ間に合わないかも。
焦りか走ってるからなのか、どっちか分からない汗を額に浮かべる。
「あっ、そうだ……!」
どうしよう……とグルグル思考を巡らせていたその瞬間、ピコーンと天から名案が降りてきた。
本当はやっちゃダメだけど、この先の交差点の近くの抜け道を利用すれば……!
よし、そうしよう!
……――そうして、意気込んだ私の視界に飛び込んできたのは。
「っ、え……?」
おそらくこれは、不幸な事故。焦りと寝不足と、信号無視の自動車が飛び込んできただけの……ただの事故だ。
あ、と思う間もなく、金属と生身の体が接触する。突拍子もない出来事に頭どころか体全体も理解が追いつかず、痛みが遅れてやってくる。
痛い、とは素直に思わなかった。むしろ他人事のような感じで、ふわふわ実体がないみたいで……。
「だ、誰か救急車ーっ!!」
「車のナンバー押さえました! 警察に通報します……!」
「おい君しっかりしろ!! 気をしっかり持ってちゃんと生きるんだ!!!」
そこそこ人通りのある道だから、遠くからたくさんの人の声が聞こえる。
同時に目の前には横になった見慣れた景色と、アスファルトに滲んでいく血の海。
……あぁ、あっけなかったなぁ。
自分の鼓動が遅くなっていくのを直に感じながら、周りの声も虚しく私は最後の息を吸う。
そして――私の17年という短い人生は、唐突に幕を閉じた。