7.置き去りの愛
「ずっと考えとったんや。この稼業、長いことやっとると、一人で抱えきれん秘密みたいなのがえろぉ大きなって、しまいにゃ告解やら懺悔やらなんやらしたくなるもんなんや。あいつはうちが殺した、こいつもうちが殺した、ってなぁ」
女は大きく手を広げ、舞台女優のように言う。やがて、その手はぱたりと落ちると、ゆっくりと首を振る。
「けんど、だーれもそないなこと気にせんのや。言っても気にされんし、実行しても気にされんし。何やろうなぁ、このうちの徒労感みたいなんは。ええか? うちには、もっと、遊びが必要なんや……!」
女は語気を強め口調を変え訴えかけるが、そこには何の感情も存在しないように見えた。女もまた、自分に課せられた役割を、気づかないうちにこなしているかのようだ。
「これだけタコ殴りにされた俺が、素直にその案を呑むと思うか?」
「わかったわかった。じゃあ神林殺すの手伝ってくれたら、うちがあんたの指名する誰かをただで殺したる。これやったらどうや?」
視線を逸らさない俺から何を見て取ったか、女は呆れたように首を振る。
「そないつれんようなマネされたら何が何でもさせたくなるやろ!
な? うちも貧乏人やったからわかる。幼馴染が富豪の娘っちゅうのは、まあ仕方のないことや。
でもそいつらはあんたからいろんなもんを搾取した上で見下してんねんで? うちも昔はスラムに住んどったからなぁ」
「カリフォルニアというのは、嘘だったのか?」
「なあ、頼むで。うちもここまで相手に事情話せる相手っちゅうんのを失いたくないんや。殺すまで延々うんちく語って、殺す。これやったら今までと何の変わりもないやんか。
よう言うやろ。『最悪の出会いをした相手ほど、ええ関係になれる』やろ? あんたもこれまでよう頑張った。頑張って大人の言いなりになって生きてきた。なら、うちの言いなりになって奴隷になってくれたったらええやないか。んで、今みたいにお薬の力で時々反抗的になる。それでええやないか」
頭痛の中で考えている。どこに正しさがあって、どこに間違いがあるのか。
さっきまで殺し合いをやっていた人間が手を結ぼうと言い出すのはいかにも狂った判断だと思えたし、そのくせ、誰かの言いなりになって生きてきたという狂人の言葉は真理を突いている気がした。
正しさも間違いもごちゃごちゃになっているくせに、こいつもコイツでシンプルだ。
楽しむこと。
他人を利用すること。
それしか考えていない。
無言の俺に何を思ったか、わざとらしくため息が漏れる。
「それはないやろ。同じ殺し屋のトミタは助けても、うちのことは助けてくれんの?」
「……トミタ?」
「せや。うちが通報した後、あの子連れて逃げ出したんはあんたの仕業やろ? たく、ヘンなところに足を突っ込みよってからに」
回らない頭で、必死になって考える。
トミタとこの女は同じく殺し屋で、神林に関する何かで仕事を請け負っている。そして、この口ぶりから考えるに、あの場を作り出したのは他ならぬこの女だ。
トミタははめられたのかもしれない。しかし、何のために?
わからない。
わからないが、俺の周りで、もっと言えば神林財閥を巡って、何かが水面下で動いている気がする。
俺はゆっくりと、女の顔を凝視した。カラコンのせいでオッドアイになっている彼女もまた、俺をじっと見返してきた。何をしたいのかすべてわかっていると言わんばかりの彼女は、こちらに向かって手を差し出した。
その手を握ることはなかった。
「あなたたち! これはどういうことなの!?」
突如踏み込んできたのは白衣を着た女性だった。
保健医らしい彼女は室内の惨状に顔をしかめ、ほとんど鼻が潰れている俺を見て目を剥いた。
そして、金髪のオッドアイの女子生徒を目に留めた。
「あなた、一体……」
舌打ちした女が、スカートのポケットに手を伸ばす。
扉の陰から一人の女子生徒が現れたのはちょうどその時だった。保健医は後ろに立った彼女に気づいていない。
踏み込みざま、女子生徒――トミタは、バカでかいサイレンサーの付いた拳銃を構えた。
引っ張られたのと、彼女が引き金を引いたのはほとんど同じだった。
肩のあたりを中心に、大きく後ろに突き飛ばされるような感触があった。
女の盾にされている。
金髪が頬をくすぐる。彼女の吐息が首筋を濡らす。
女は素早くナイフを引き抜くと、ノーモーションで投げつけた。
トミタもまた彼女と同じ行動を取った。
盾にされた保健医は飛んできたナイフに目を見開き、それが眉間に直撃しても、まだ何が起こっているのかわかっていないらしかった。そのまま彼女は、糸の切れた人形のようにばったりと床に伏せ、動かなくなった。
「ほな、またな」
言うが早いか女は、開いていた窓から一挙に転がり出た。崩れ落ちる俺を無視したトミタが窓から様子を伺ったが、舌打ちとともに戻ってきた。
「逃げられた……クソッ」
爪を噛む。トミタの視界には誰もいなかった。
誤射した相手である俺も、盾にして殺した保健医のことも。
「あいつと何を話してたの?」
険しい顔で、トミタが迫る。俺は一旦顔を上げたが、すぐに視線を落とした。保健医の血だまりがどんどん大きくなっていく。
肩を掴まれた。傷口に、トミタの親指が食い込んだ。声にならない悲鳴が、自分の脳裏に木霊する。
「あいつと、コピーキャットと何を話してたの?」
「コピー、キャット?」
「あいつの名前よ。今でもたまに、暇つぶしにやってることなんだけどね。殺した相手に成りすます殺し屋の一人」
「あいつが?」
「殺し屋というよりもシリアルキラーというべきね。本当に、何を考えてるのかよくわからないような奴」
だからこそ、とトミタがぐるっと回りこみ、俺の顔を正面から見据えた。
傷口に食い込む指に、さらに力が増した。
「だからこそ、重要なことをぽろっと漏らしてる可能性だってあるのよね。殺してしまおうとした、あんたになら」
「だから、何を話したか言えと?」
首を振る。
「頼み事って感じじゃないな」
コピーキャットは、彼女に対する俺の反抗心を見抜いた上で、言いなりにしようとしていた。トミタはどうか知らないが、彼女もコピーキャットと同じ側だ。
命の危険を感じれば、どちらも平気で他人を盾にして、巻き添えにするだろう。
二人とも、そういう世界で生きている。
今更ながら思い知る。
トミタは俺を、対等な相手だとは考えていなかった。
「想像すりゃいい」
「は?」
「こっちはいい加減巻き込まれて辟易してんだ。お前らが俺らを家畜だか奴隷だか考えているのかは知らんが、家畜にだって、奴隷にだってプライドってもんがある。ちょっと脅されてべらべら喋るくらいなら死んだ方がマシだ」
テーブルに歩み寄る。逃がさないとばかりにトミタがにじり寄ってくる。
深呼吸すると、自分の顔面をテーブルに叩きつけて気を失った。




