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死んでもブタには食いつくな  作者: 九四山井耐排夢


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20/20

20.風にうたえば


 ピクリとも動かなくなったコピーキャットの横で、俺は建物が燃え落ちるのを待っている。


コピーキャットに刺されかけた腕の痛みは、未だに続いている。

俺は意を決して、袖をまくり上げた。





 腕時計。

 チタンで出来たそれは、明日香が誕生日プレゼントにくれたものだった。

 それが今、無残な姿になって俺の手の内にある。

 



 握り締めても、何の手ごたえもない。



「死ぬつもりなの?」


 気が付けば、目の前にトミタが立っている。



「コピーキャットを、殺したから?」

「むなしいんだよ。ただただ」



 殺しは悪だ。ならそれで生きていくのはもっと悪だ。

 しかし、それ以外の連中はどうなのだろう。



「俺がいた側では、誰かが誰かを言葉によって傷つけようとするような世界だった。口では何とでも言える。善意の言葉で誰かを騙して傷つけることもできる」

「殺人は、社会悪よ」

「だったらそこで死んでるやつはどうだ?」



 俺は横溝を指す。



「こいつのような連中は山のようにいるだろう。権威を笠に着て、自分より下の人間に暴力を振るう」



こいつらの暴力は、教育指導という言葉で正当化される。コピーキャットのように、トミタのように、その行為が倫理に反するなどと思ってもいない。適当な理由をでっちあげては保身に走り、自分は悪くないと言い訳する典型だ。



「俺にはむしろ、俺の社会に所属する人間の方が罪悪感の欠けたサイコパスにしか思えないよ」



今回の件を引き起こした神林のような奴だって、実際はあいつこそが加害者のようなもんだ。



「ニュースで殺人が起こるたびに、誰もがいったんは注目する。被疑者憎しで報道が終わる。次の瞬間、誰もがそいつのことを忘れる」



 でも本来ならば、誰だって人を殺してしまう可能性があるはずなのだ。善悪の境界は極めて曖昧で、綱渡りにも等しいものだ。



「俺はいつも怯えていた。いつか自分がそのニュースの犯罪者になってしまうんじゃないかって。おかしいのは俺だけなのだろうか、って」

「それで『こっち側』に惹かれたの?」

「ある時は価値がないと断じられて、ある時は利用価値があると言われて、俺はもう……疲れたよ」




 トミタは俺の前に屈みこむ。

 それから、手を振りあげて俺の頬を張った。




「それは、狂気に逃げ込もうとしているだけよ。自分が楽な方へと流れていくだけの話」



 彼女の目は、俺を捉えて離さない。



「人を殺したくてたまらない。

やむにやまれず人を殺して生きる。

私たちの側はその二通りだけ。

でも、あなたはまだ、いくらでも引き返せる。裏の社会と違って、あんたの社会は、必ずしも一つじゃないでしょう。

殺さなくてもいい方法がある。

生きていく術が、逃げる方法がいくらでもある。

こっちに来るのは、引き返せないところまで来てからにしなさい」




トミタは立ち上がり、今来た方の場所へと歩いていく。

炎に包まれたイートインスペースの向こう側。



その後ろ姿が消えるまで、見送った。




 納得できたわけではない。

 説得されたわけでもない。





 けれど、もしもあれがトミタの願望だったならば。

 俺は、託されたのだろうか。






 再び爆発が起こり、俺の頭上で爆発が起こった。

 咄嗟に飛びのく。

 燃え盛るコンクリートが、俺とコピーキャットを分断する。





 歩き出す。

 コピーキャットに背を向けて。





 ダンプカーの先に、多くの野次馬が集まっていた。彼らを追い返そうとする警察官の一人が俺を見て、叫んだ。彼の声に、警官という警官が集まってくる。

全員警棒に手をかけて、警戒を絶やさない。



 そこへ、声がかかった。



「どいてください」



 小さな、しかしはっきりとした声に、警官が道を開ける。

 大きく手を広げ、俺に抱き着いた彼女は言った。



「ありがとう」



 その瞬間、すべての力が抜け、地面にへたり込んでいた。





 救われた、と。

 気が付けば俺は、笑っていた。


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