19.ダンスホール
長年殺し屋としてのキャリアを積んできた人間に素人が勝つのはまず不可能に近い。
この数日でようやく人を殴るのにある程度抵抗がなくなったと言えども、経験差は常に圧倒的だ。
ならば、勝つにはどうするか。
一番好ましいのは奇襲だった。どんな道具を用いてでもコピーキャットを倒す。
向こうもプロだ。
だからこそ、素人如きの攻撃に殺されるはずがない、という点で、全力が出せるはずだった。
唐突に彼女は、学ランを脱ぎ捨てた。
一つ一つ、所持品を見せつけるようにナイフやら拳銃やらを、遠く炎の中へと投げ込んでいく。
それからこちらの方を振り返って、わざとらしく肩をすくめる。
挑発だ。
俺が隠し持ってきたナイフや、トミタから預かった拳銃、そういった諸々を、丸腰で挑むことで捨てさせようとしている。
もちろん俺が捨てない可能性だって十分にある。
それは、俺が殺せないという、プロとしての判断なのか。
――あるいは、俺になら殺されてでもいいとでも思っているのか。
迷った末、学ランを捨てた。それだけで、体が軽くなる。
全神経を目の前の女に集中させ、一挙手一投足に気を配る。
この時点で俺は、この女のペースに呑まれていた。
コピーキャットは、大きく飛んだ。プロレス技の様な大げさな飛び蹴り。
体の軸をそのままに、半歩下がりながら向きを変える。
最小限の動きで避けたつもりだったが、僅かに肩がぶつかった。たたらを踏んだ
瞬間、裏拳が跳ね上がるように顎を襲う。
一か八かだった。
顔を捻る。
同時にがら空きだった胴目がけて蹴りつける。
力不足の一撃が難なく阻まれ、掴まれた。
どこからそんな力が沸き上がるのか、コピーキャットは掴んだ足で、力任せに振り回した。
ジャイアントスイング。
庇う間もなく、散乱していたパイプ椅子が頭に激突した。
その瞬間にぱっと手が離され、顔から椅子に突っ込んだ。
顔か頭から血が出ている気がする。立ち上がろうとすれば、膝が笑う。
「フェアプレイの精神か?」
コピーキャットが呟くように言う。
「経験者として言わせてもらうなら、や。確かに殺し屋が体鍛えておくんは悪いことやない。けどなぁ、ステゴロで人を殺さんでもいい場合、わざわざ体使おうとすんのは間違いや」
そう言いながら彼女は、袖口から小さなナイフを引っ張り出した。バンドのようなもので隠し持っていたらしい。
「――そもそも殺し屋っちゅうのは、一つや二つ、武器隠し持っとるんが普通やからなぁ」
手の中で、ナイフが回転する。高々と掲げたナイフが一気に振り下ろされた。
「仕舞や」
咄嗟に腕で顔を庇う。
鈍い痛みが、腕一杯に広がった。
「あ……?」
コピーキャットが間抜けな声を上げる。
ナイフは、腕に刺さっていなかった。
刺さってはいるが、腕にではない。
咄嗟のことに身を引こうとしたところに足払いをかけた。
驚きのせいか、彼女は派手に転倒した。
馬乗りになり、彼女を見据える。
その笑みからは、何の表情も読み取れなかった。
引き抜いたナイフを、力任せに腕の付け根に突き立てていた。体の下で、コピーキャットの体が跳ねる。すかさず引き抜いて、反対の腕にも突き立てた。
銀色に光るナイフは今、彼女の血糊で汚れていた。
このナイフこそが、人を殺すための道具なのだ。
柄を、両手で握りこむ。そして、一気に振り上げた。
気が付けば叫んでいた。なんと言ったかはわからない。
だが、コピーキャットは笑っていた。
「仕舞や」




