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死んでもブタには食いつくな  作者: 九四山井耐排夢


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18/20

18.傷つけた人々へ

 そのままの姿勢で沖は固まっていた。恐怖に目を見開いていた神林は、ゆっくりと視線を入口の方へと向けた。



 先程まで扉を塞いでいたブロンズ像は、扉もろとも踏みにじられていた。

入口に激突したダンプカーは美術館の正面に大穴を開けて、停まっていた。差し込んでくる陽の光は、この場にいる誰もの希望を象徴していた。



 一人、また一人と走り出していた。沖は止めることなく、ダンプカーを見据えている。


 やがて、運転席のドアが開いた。逆光で顔は見えない。



「奥のイートインスペースに避難した人間は、みんな逃げた」



 一歩、また一歩。



「トミタが手を回してくれたよ。もっともあいつも、すぐにどこかに行ってしまったが」



 そして、立ち止まる。



「――それで、その悪趣味なコスプレはいつやめてくれるんだ?」



 目の前に、信じられない相手が立っていた。



「マモル……?」



 唐突に、明日香の拘束が緩んだ。

 それどころか、邪魔だと言わんばかりに突き飛ばされる。

 


 続いて彼は、視線を動かすことなくその場に置かれていたマスコミのカメラを銃で破壊した。

 顔を拭うように腕を動かすと、見慣れた金髪が露わになった。



「正義のミカタにしちゃ、随分遅刻したんやないの?」



 だいぶ死んだで、とコピーキャットは他人事のように言う。



「あんたの顔借りて大暴れさせてもらったわ。もう逃げ場はあらへんのやないの? 今はインターネットちゅう、デマ増幅器が幅利かせとるからなぁ。うちの仕事も、あんたの成果になっとるかもしれへんし。なぁ? ゴールデンボーイ?」



 沖真守は、肩をすくめた。





 だいぶ死んだ。

 その通りだった。



シャンデリアの上で転がっている横溝。

折り重なるように倒れている東高校の制服。

腕章をつけたマスコミに、バンドメンバー。



 だが、それがなんだ?



「俺は別に、正義の味方じゃない。あんたにばれないように、被害を少なくするために、トミタにイートインスペースをぶっ壊して逃げ道を作ってもらった」



 そして俺は、まず間違いなく目を付けられるであろう、トミタが調達したダンプで美術館に突っ込むという役目を引き受けた。

 それが、トミタとの交渉によるものだった。



「俺は単に、お前の思惑に乗っかるのが嫌だっただけだ」

「無粋なやっちゃなぁ。もう少しやりたい放題させてもらお、おもてたんに」

「俺の顔でか?」

「あんたの顔でな。あんたが散々固執する、『そっち側』にはもうおられんで。

あんたも知っとるやろ。文明社会っちゅうんは、法と道徳を順守する理想の世界でも何でもない、安全な場所から脛に傷のある人間リンチして楽しむちゅう、より悪趣味な場所でしかないことくらい。


それに比べたらうちなんてまあだ可愛いもんや。

ちゃんと、自分の手で! 人殺しとんやからな」



 例えばこのおっさん、と、コピーキャットが神林を引きずりあげる。



「このおっさん、うちに金払って殺されるふりして、世間様の同情買おうとしとったような奴やで。そして言ってしまえばこんなんが、あんたの言う『そっち側』の代表格ちゅうこっちゃ」



 コピーキャットの双眸がこちらを射抜く。



「あんたが自分の体張る価値、このおっさんにあるんか?」



 彼女が言いたいことは分かっている。

 どうせ彼女を撃退してここを守れたところで、待っているのは非難の声だ。

コピーキャットの変装による『俺』への断罪。



『もっと早く行動していれば多くの命を救えたかもしれない』という、知ったような口を利く、口先だけの連中。



 彼女が嫌悪してやまない、口では何とでも言える連中。そしてそれらを、何一つとして実現できない連中。



 嘘をつき、誘導し、時には逃れる。

 そんな言葉の負の要素を、コピーキャットは文字通り黙らせてきたのだ。



 神林は縋るような目で俺を見ている。娘の明日香を見ることはついぞない。



「知ったことか、そんなおっさん」



 俺はただ、コピーキャットを見据えたまま、こう言ってやる。

 彼女が最も望むであろう言葉を。

 偽りを。



「俺はただ、お前と決着をつけに来ただけだ」



 誰の言いなりになるつもりもない。教師の言いなりにも、大人の言いなりにも。

 そしてコピーキャットの言いなりになるつもりもない。




 確かに俺はコピーキャットに惹かれているだろう。しかし、そのまま彼女に与することは、単純に、言いなりになる相手を鞍替えしただけに過ぎない。



「明日香」



 俺は初めて、幼馴染に声をかける。彼女はびくっと肩を揺らした。



「何?」

「親父さん連れて、逃げろ」

「マモルは?」

「言ったろ。コイツとケリつける」



 仕方ないと言わんばかりに、コピーキャットが神林を投げ捨てる。

床を滑っていく父親の体を、明日香が支えた。二人は出口に向かって歩いていく。




「……マモル」

 去り際に、明日香は言った。

「……ごめんなさい」

 ありがとう、ではなかった。




「さて邪魔者は消えた」


 コピーキャットは嬉しそうに大きく伸びをして、スマホに指を滑らせた。



「あんたとイイことするにはまず――こん悪趣味な美術館に火ぃつけることから始めてみようやないの」



 瞬間、轟音とともに広間のあちこちが爆発した。巨額の費用を投じられて作り上げられた神林の帝国が、その象徴が、炎に包まれていく。



スプリンクラーも作動しているようだが、瞬く間に蒸発してサウナのようにしかなっていない。額縁に飾られた人物画の一部は焦げ、絵の具が流れ出し、泣いているように見える。



――逆十字の使徒。



「あんたの幼馴染、あれはあんたには合わんやろなぁ」


 唐突に、コピーキャットが言った。



「あん子はオヤジに比べりゃエエ子やけどな。あんたとは住んどる世界が違う。結局人間の経済基盤ちゅうんは、その人間の実家が基本になるんや。少なくとも、親より下がることはあっても、上がることはない。つまりはあの子もまた、あんたにとっちゃ雲上人っちゅうこっちゃ」

「さっきも言っただろ。あいつは関係ない」



 ずっと『言葉の社会』にいたためか、俺には自分の言葉が嘘かホントかすらわからなくなってきている。



 だから、思いつくままに言う。



「俺はお前を、何をしてでも止めるだけだ」

「は」



 コピーキャットが、笑う。



「やれるもんなら、やってみいや!」


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