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死んでもブタには食いつくな  作者: 九四山井耐排夢


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16/20

16.21世紀の錯乱者


 生徒の一団が到着した。

 


 四列になって、生徒がぞろぞろと入っていく。その様子を、一部のマスコミがカメラで撮影している。


大観衆ほど画になるものはない。マスコミも、神林側もそれをよく理解していることだろう。


普段ならば意識しないはずなのに、横溝は何となくカメラを避けようとしている自分に気づいた。


生徒たちはまず学校の体育館に集合し、注意事項を受けた。カメラが撮影しているので一糸乱れず整然とした動きで美術館に入場すること。決して私語をしないこと。


神林財閥の建設した記念美術館のオープニングに招待されるというのは、我が校にとって非常に光栄なことではありませんか、と校長は言った。



教壇の上のハゲた校長は本心でどう思っていたか知らないが、生徒たちの顔はことごとく不満げだ。



無理もないと思う。

招待と言っても要は数合わせである。また、神林一族がこの土地でどれほど力を持っているのかという誇示でもある。昨日は土曜課外もあったのに、貴重な休日を潰されてはたまったものではないだろう。


もしこれが希望者だけ来るようにと言われていたら、一体何人が集まっただろうかと生徒たちの後姿を見ながら考える。




案外、神林財閥とのコネを求めて、必死こいて全員集まってくるかもしれない。




かつての子供はアイドルや俳優に憧れた。オシャレな服を着て都会を歩いていれば、いつか有能なプロデューサーが自分の才能を見出してくれる。



万に一つもない可能性だが、そんなシンデレラストーリーを信じられるような活気や、明るさが日本にはあった。



しかし、今の子供なら、自分を掬い上げてくれるのは有能なプロデューサーではなく、OB訪問で出会った相手の会社の面接官だと思っているのかもしれない。




誰も彼もが安定を求めている。




横溝は煙草を捨てると、いつもの癖で踏みにじった。それからカメラの目を気にして拾い上げると、自分のスーツのポケットに仕舞い、美術館に入った。



 マスコミの言う通り、『御殿』だった。

 入ってすぐの大ホールに、生徒の数だけパイプ椅子が並べられている。両脇にもカメラを回すマスコミがいる。シャンデリアは煌々と煌めいていて、二階へ続く階段の前に造られた特設ステージを照らし出していた。



ステージには東高校のOBであるバンドメンバーが待機しているが、名前を聞いたことはない。OBだから呼ばれただけだ。



 横溝は生徒たちを見回るふりをしながら、一人一人の顔を確かめていた。逸る気持ちを抑えて見回すも、生徒の多くは目が合った途端に気まずげに顔を逸らした。



 横溝は今、自分が不安定な立場にいることを改めて悟った。




 つい昨日のことだ。なぜ、生徒がリボンをしているだけで俺はあれほど怒鳴り散らしたのだろう。そして、それを咎めたあの生徒、沖真守に、あれほどの暴行を加えたのだろう。感情に任せて生徒を怒鳴りつけたり、殴ったりすることは多々あったが、あれは教育指導で言い訳できる範疇を超えていた。



 その上沖は、その日のうちに自殺を図った。

 校舎から飛び降りたのだ。



 因果関係は明らかだった。あの暴行に耐えかねた沖が、見せしめの意味を持って自殺しようとした。



救急車を呼ばずに、病院に連れて行ったのは発覚を恐れたからだ。

だがそれも時間の問題だ。



 陸上部の中には地面に伏す沖の姿を目撃した生徒もいる。その中には当然、沖のクラスメイトもいるわけだ。それに、それほどの事件が起こった以上、少なくとも職員会議で報告はしなければならないだろう。



 とはいえ、横溝の行動がマスコミを賑わせることはないし、横溝の暴行と、沖の自殺未遂の因果関係が、公には認められることはない。

 


仮に責任を追及されても、いいとこ減給処分で済むだろう。教育現場とはそういうものだ。何より、創立百年の伝統校はOBがものをいう。



これこそが本当のコネクションというものだ。



しかしながら、それを善しとしない生徒が一人だけいた。




『私が撮影した、先生の理不尽な暴力は沖君にも渡しています』



 病院に沖を送り届けた直後にかかってきた電話は、石川からだった。



「わざわざそれを伝えるためだけに、一旦学校に電話したのか?」


 ご苦労なことだ、という挑発にも乗らず、石川は淡々と告げた。



『沖君に何かあったら、私がSNSで一部始終を拡散します。もちろん教育委員会にも訴え出るつもりですし、沖君には被害届を出すように勧めるつもりです』

「お前はうちの高校を潰すつもりか?」

『逆に、どうして自分は何の制裁も受けないと思っているんですか? あんなに一方的に、血が出るまで殴っておいて』

「そんなことをしたら、お前も学校にいられなくなるぞ」

『それは脅迫ですか? これも録音したとお伝えした方がよろしいですか?』



「……どうすればいい」

『沖君に謝ってください。彼が許したのなら、私も今回の件はあくまでも、先生の『熱血指導』によるものだと、『騙されて』あげます』



 にべもなかった。石川はそのまま電話を切った。




 その石川の姿は見当たらない。

 あの後一旦学校に戻って、石川の自宅に電話をしたが、電話は留守電だった。かけなおそうにも、着信拒否されているらしく一向に繋がらない。このままとんずらでもされたら、それこそ彼のキャリアは台無しになる。



 それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。横溝は薄くなった毛髪を搔き上げ、一心不乱に沖の姿を探した。



突如、美術館の入口でどよめきが起こった。



 横溝は反射的に振り返って、声を失った。




 沖真守の顔の半分は醜く腫れ上がっていた。申し訳程度に包帯が巻かれていているが、その痛々しさは隠しようもない。松葉杖こそついていないが、片足を引きずっている。腕はギプスで固められていた。



 立ち尽くす横溝に、沖のクラスメイトの視線が集中する。すぐに睨み返せば、生徒たちは一斉に視線を逸らした。



 しかし、沖は違った。

 彼はまっすぐ横溝を見据えたまま、足を引きずって、彼の前を横切った。それから、空いていたパイプ椅子にゆっくりと腰を下ろした。



「沖」



 横溝の言葉に、ゆっくりと沖が顔を上げる。その瞬間、横溝は何かしら異様な迫力のようなものを感じた。


 再び言葉を失った横溝を我に返らせたのは、駆け寄ってきた一人の女子生徒によるものだった。



「ちょっと、マモル! 何よその恰好!」



 見覚えのない女子生徒に、思わず引っ込めと怒鳴りつけそうになったが、ネームプレートには神林と書かれている。



神林財閥の一人娘。

そんな単語が脳裏をよぎり、虚しく口を閉口させる。



 沖は顔を上げたが、包帯のせいかよく見えないらしい。体を前のめりにしたり倒したりして、ようやく納得したように頷いた。



「ああ、明日香か」

「明日香か、じゃなくて!」



 神林は躊躇いもなく沖の顔に手を伸ばす。痛々しく膨れ上がった顔面を、震える指がなぞる。



「ひどい……何よコレ」

「別に、飛び降りた時の傷ってわけじゃないんだ」



 何事もないかのように沖はさらりと言った。飛び降りた、という言葉に、隣のクラスの女子がぎょっとした視線を彼に送る。



「ただちょっと……そうだな。誰かさんにサンドバッグにされてな」

「サンドバッグ?」



 沖は横溝を見ていなかった。しかし、事情を知っているクラスメイトは顔色を変えている。幸い、神林は沖の顔を見据えたままで、その視線に気づくことはなかった。



 横溝は、大きく咳払いをした。



「沖。とにかくその傷で出席は無理やろう。どうや、一旦出直してみては」

「医者には出席する分には何の問題もないとお墨付きをもらってます」



 と、沖は言い返す。



「あとで診断書を出してくれるそうなので、詳しいことはそこに書いてあると思いますけどね。でも、一生に一回、あるかないかのイベントなんです。見逃すつもりはありません」

「だが、その傷は……」



 その時視界の端で、異常に気付いたマスコミの一人が、大きくカメラをスライドさせた。カメラは横溝と、沖とを捉えている。



 マズい。



「とりあえず、沖。もう少し目立たない場所に移動せんか」



 提案する横溝を、沖は無言でじっと見上げる。

 長い沈黙が訪れた。



「……そうですね。ここにいちゃ、ロクに話もできない」

「話?」



 神林が眉を顰める。沖は立ち上がると、そっと神林の肩に触れた。



「明日香。いいか、油断だけはするなよ」



少し入ったところにエレベーターがあった。

三階に上がると、吹き抜けから広間が一望できる。

沖は足を引きずりながら、落下防止柵にゆっくりと体を預け、大きく息を吐き出した。



「それで、何の用ですか?」

「何の用、とはなんや」

「この俺のカッコが人目に付いたらまずいから、わざわざ移動させたんでしょうが。てっきり話があるのは先生の方だと思ってたんですけど」



 かっとなったのを、誰が責められるだろう。まるで主導権は自分が握っていると言わんばかりだ。



「病院の方は……」

「さっきも言ったでしょう。出席するのに何の問題もないとお墨付きをもらっています」



 と、沖はまっすぐに横溝を見据えた。



「あの場に俺がいて不都合なのは、先生、あんただけです」



 横溝は一瞬、言葉を失った。瞳に宿る狂気に似た光に負けまいと、必死に声を張り上げる。



「昨日のは、な。俺も悪かったとは思っとる。ただな、俺はいつも、教師として、お前らのことを思って指導しとるんや。その情熱が、ちょっと行き過ぎたんや」

「情熱?」

「そうや。人間一期一会っちゅうやろ。せっかく同じガッコの教師と生徒という関係で出会えたんやから、俺はお前に、少しでもいい人生を歩んでほしい思うとるんや。ただな、沖。お前はなかなか心を開いてくれんかったやろ? 


お前が本当に、将来のことをおもっとるんやったら、俺の気持ちが理解できるはずや。お前が俺の思いを踏みにじってきたんは、この際や、全部水に流す。だから……」

「だから殺しかけるまで殴りつけて大暴れしたことも水に流せと?」



 呆れたように沖は首を振る。



「俺はお前のことを思っている、だからこれは愛の鞭であって暴力ではない。それって、DV男がよくいうセリフですよね」



 見せつけるように腕を持ち上げると、余った包帯が腕から垂れる。



「その、あんたが教育のプロで、愛の鞭を振るう達人であるんなら、こんなことにはならなかったと思いますけどね」



 首をひねる。ごきり、と関節が嫌な音を立てる。



「そもそも、高校生は立派な社会人の一人だとか何とか抜かしてたのは確か、先生じゃなかったですか? 先生は新人教師も殴って指導するんですかね?」

「は?」

「あんたはただ、暴力を振るいたいから教師になっただけだ。学校なんて、監獄ですよ。教師はオックスフォードの看守役を楽しんでるってわけです」



 目の前の生徒が何を言っているのかわからない。ただ、いつも以上にへらへらと、こちらを馬鹿にするような笑みを顔に貼りつけている。



「他の大人の目の届かない、閉鎖的な環境で、自分よりも立場が下の人間をいたぶることができる。教師は聖職者で、誰に憚ることなく教育という名目ですべて解決。さぞ楽しいことでしょうね」

「貴様っ!」



 詰め寄る横溝の手からひらりと逃げた沖は、



「ほらまた暴力を振るおうとしている」


 と笑う。



「結局何も変わってないじゃないですか。話し合うだけ時間の無駄だ」


 あなたを訴えます、と沖は静かに断言した。



「まあそれだけじゃ内々に済まされそうなので、石川のアドバイス通り、この動画は遠慮なく拡散させてもらうことにしますよ」



 横溝には、沖の行動が信じられない。



 この男は、自分の将来というものを何も考えていないのだろうか? そんなことをすればお互いただでは済まないことは分かり切っているはずだ。


 なのに、沖の行動は、失うものは何もないと言わんばかりだ。




「なあ、冷静になれ。そんなことをしても何の得にもならんやろ。裁判とか被害届とか、役所仕事には何かと時間がかかるもんや。お前はそんなことで、自分の大事な時間をどぶに捨てる気か?」

「じゃその大事な時間で、俺は何をすればいいんです? 受験勉強とか? あんたから数学を習うとか? 冗談きついですよ」



 俺は被害者です、と沖は言う。



「そう、俺は被害者であり、あんたは加害者なんですよ。あんたがまだ逮捕されてないのは、俺が警察に行けるような状態じゃなかったから。ただそれだけです」



 階下から拍手が沸き上がった。どうやらオープニングセレモニーが始まったらしい。



「でも結局のところ、誰も物事を大きくしたくないんですよね。

警察は被害届を受理することに関して消極的でしょうし。

裁判となったら長い時間がかかる。

何かあった時のセイフティ・ネットはないわけではないけれど、大抵の人間は教えてもらえない。


そして何より、子供のような社会的地位がないに等しい存在が、すでにある程度社会的ステータスを確立している人間に勝つのは、実は、かなり、難しい。

 ……いやはや、いったい何人の人間が泣き寝入りしてきたんやろうなぁ」



 突如、沖の声色が変わった。よっこらしょ、という掛け声とともに身を起こすと、どこからともなくスマフォを取り出し、何事もないかのように画面をタップした。



「そんなわけで、もう面倒やったからあんたの暴力動画はネットにアップさせてもろたわ」



「……なに?」

「いや、あんだけ暴力で人を従わせようとした人間が何をいまさら言葉に頼ろうとしとんのやと思うとバカらしゅうなってな。その言葉だって自己正当化とお涙ちょうだいの言葉の嵐やないか。つきあっとられんわ」



 ほな、と脇をすり抜けようとした沖の肩を、反射的に掴んでいた。




 未だに信じられない。

 まるで通販の注文のようにワンタップで、自分の人生を破滅させる動画を拡散させたその気軽さがありえない。フリだとしか思えない。



 ――ただの、こけおどしだ。



「わかっとらんなぁ、センセ。ええか? 被害者はうちやっていっちょるやろ」


 スマホの画面が印籠のように突きつけられる。



「ほら、わからんのか? いたいけな生徒をぶん殴っとんのが加害者であるあんたで、その暴力受け取るんがうちや」




 横溝は、自分の体から気力のようなものが抜けていくのが分かった。



画面の中の自分は怒鳴りつけながら目の前の生徒を殴りつけていて、弾き飛ばされる机がその威力を物語っている。ご丁寧に字幕までついていて、利己的な本音とともに沖を殴りつける自分の言葉が一言一句表示されている。



しかしそんなことよりも、現在進行形でカウントされていく再生数が、沖の言葉がこけおどしでも何でもないことを証明していた。




『これマジ?』

『どこの学校?』

『生徒指導ってレベルじゃないだろ。殺人未遂じゃないのか』



 これまで横溝が築き上げてきた社会的信頼は、たった今、数分の動画でいっぺんに崩れた。





「貴様……」



 貴様、貴様、と、言葉が出てこない。

 目の前の少年が憎かった。横溝はついに、憤懣とともにその言葉を吐きだした。



「お前なんか、昨日死んどけばよかったんじゃ、ボケが! あの石川もじゃ! 教師の言うことも聞かんと、余計な知恵ばっかりつけよってからに!」



 彼は、鬱憤が溜まると叫ぶ、いつもの言葉を吐きだした。



「死ね! 死んでしまえボケカスが! 飛び降りろ、こんガキ!」



 階下では、そんな横溝の神経を逆なでするように、流行の音楽が演奏されている。特設ステージのスピーカーを通して、ボーカルが叫ぶ。

 沖は、黙って横溝の顔を見据えている。



「ふーん」



 一歩。


 沖は再び横溝へと向かって歩き出した。



「薄っぺらい言葉やなぁ。あんたの言葉も、下で流れとる曲の歌詞も」

「は……?」

「ところで、もしうちがあんたやったらこういうけどなぁ?」





「殺す、ってな」




 沖の体がぶつかった。横溝は咄嗟に押し戻そうとして、ぶつかった箇所に走った激痛に動けなかった。



視線を落とす間もなかった。

二度目。

三度目。



落下防止柵にもたれかかって、何とか身を起こす。沖の手には大ぶりのナイフが握られていて、滴る血で血まみれになっていた。



「――そんでまあ、もちろん有言実行する。うちはこの国の馬鹿どもみたく、口先だけの人間やないからなぁ」

「貴様……貴様、ぁ……」

「うちが初めて日本に来たのは中学の時でな」



 と、沖はナイフの血を、制服の袖でふき取りながら言った。



「それまではカリフォルニアに住んどったわ。生まれたんもカリフォルニア。それでもうちは自分のことをれっきとした日本人やとおもっとったわ。世界有数の歴史と伝統を背負う日本人であり、サムライの末裔やってな」



 慣れた手つきでナイフを仕舞うと、沖は横溝の胸倉を掴んで、無理やり立たせた。傷口が広がって、声にならない悲鳴が漏れる。



「けどそれも、すぐに失望に変わったわ。ガッコの教師は金髪を黒に染めんと風紀が乱れるとか阿呆なことを抜かす。クラスメイトのオトコは外見だけでうちを祭り上げて、嫉妬にかられたオンナは陰湿ないじめを始める」



 沖は横溝に、階下の生徒に言い聞かせるように言う。



「死ねっちゅう言葉はしょっちゅう言われたわ。殺すっちゅう言葉も使われたこともある。けど、だあれもそれを実行に移さんかった。所詮口先だけで、その言葉にも責任を持たん。教師もそうや。口先だけの約束で、責任逃れに必死こいとる。全部全部、口先だけの薄っぺらの言葉や。テレビでは希望とか愛してるとか好きだとかそう言った単調なフレーズが垂れ流しになっとったわ。うちは、こないな国に来たかったんかと。こないな国の人間の血ぃが入っとるんかと思うとたまらんかったわ」



 オーウェルの世界に来たんかと思ったわ、と沖は呟く。

 横溝には、理解できない。



「思考は言葉に依存する。語彙の豊富さは、そのまま人間の思考力に直結する。でも違ったわ。ここにはミシマもタニザキもカワバタもアベもおらん。ニュースピークもびっくりの貧相な言葉の数々。せやからうちは、見切りつけたんやわ」



 沖がスマフォをタップすると、新たなアプリが立ち上がった。赤く描かれた髑髏が笑っている。



「日本製のプレイヤー捨てて、ipodを買った。そん中に、お気に入りの曲を入れてな」



 突如、階下のスピーカーがハウリングとともに止まった。バンドメンバーが演奏を止め、スピーカーに注目する。



沖は横溝の凭れている落下防止柵に水鉄砲を吹きつけた。鉄板に肉を押し付けたような音とともに柵が液体となって溶け落ちた。



がくん、と横溝の体勢が崩れた。




「この、この……キチガイが!」

 それが、横溝の最期の言葉だった。






 落ちていった彼の体はシャンデリアに激突して止まった。頼りなげに揺れるシャンデリアを見上げようとして顔を上げた生徒の視界いっぱいに、金属製の柵が広がった。



 悲鳴が上がった。柵の直撃を免れた周囲の生徒が、パイプ椅子を蹴散らして後ずさる。金属片が顔に刺さった生徒は呻き声とともに床に伏している。


 不安を逆なでるように、シャンデリアがギイ、ギイ、と軋んでいる。




「せやな。キチガイにはピッタリの曲や」



 反射的に見上げた生徒は、虚ろな目をした横溝の死体と目が合った。



「き――」



 悲鳴は最後まで声にならなかった。




シャンデリアを支える支柱が酸で溶けた。重力に引かれ、生徒目がけて降り注ぐ。ガラスが割れる、悲鳴にも似た音がまき散らされた。




数秒の後、誰もいなくなったステージで音楽が大音響で流れ始めた。その大きさに、美術館全体が振動したほどだった。



「なんてったってうちは、『二十一世紀のスキッツォイド・マン』やからなぁ」



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