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死んでもブタには食いつくな  作者: 九四山井耐排夢


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13/20

13.COLD JAIL NIGHT



カウントダウンが迫っている。



どのチャンネルに変えても、地方局は美術館の特集に忙しい。美人キャスターもアナウンサーも、コメンテーターも、皆何らかの笑みを浮かべていた。



「ついに神林美術館のオープニングが、明日に迫りました! 神林会長は地元の出身校の生徒たちを特別ゲストとして大勢招待していると言います。楽しみですね!」



休日返上になった生徒たちにぜひ聞いてほしい言葉だ。

嫌になって、テレビを消した。



昔、笑顔は好きじゃなかった。

なぜかは分からない。ただ、なんとなく怖かった。

やがて、嫌いになった。




幼稚園や小学校と言った同い年の人間が集まる場でも、笑顔は頻発した。そのほとんどに、優越感が滲んでいた。




結局のところ、笑顔は仮面に過ぎないのだった。人間は殴られても笑みを浮かべる。そうやって苦痛に耐えようとする。


誇らしいときにも、笑みを浮かべる。


そして、困ったときにも笑みを浮かべる。この時は、諦めを隠している。



職業的な笑み、侮蔑の笑み、諦めの笑み。



それらのどれもが笑みだから、俺には訳が分からなかった。あまりにも曖昧なそれは、俺を混乱させるのには十分だった。



けれど俺もまた、その笑みを身につけざるを得なかったのだ。



「笑うに笑えんな」


 改めて、監禁されている部屋をぐるりと見回した。


 一番確実な出口と言えばもちろんドアだ。


 しかし部屋の外には看護師が逃げ出さないように施錠した上で監視しているらしかった。扉の隙間から人間の影らしきものが見える。

 ドア自体もかなり頑丈にできていて、その辺のパイプ椅子を振り回した程度では破壊できそうもない。



 次に外に面しているのは窓だが、落下防止のためか申し訳程度にしか開かない。壊すとしたら断然こちらの方がやりやすそうだが、問題はここが七階だということだ。パルクールの達人専用の出入り口と言っていい。



つまりは、万事休すだ。

トミタが、神林が言っていたことがいよいよ現実味を帯び始めた。




諦めて、見て見ぬふりをして、流される。

自分は最善を尽くしたと言い聞かせる。



どうせ自分には初めから無理な話だったのだと言い聞かせる。



俺よりも社会的地位のある人間に閉じ込められている。仮に出られたとしても待っているのは罪悪感のないシリアルキラーだ。



そもそもの話、その『社会的地位のある人間』がシリアルキラーなんぞにイベント目的で自身の暗殺を依頼したのだ。自業自得とはまさにこのことだろう。

俺は別に、会長を守りたいなどとは微塵も考えていないのだから。



「でも、足掻こうとしている」



 トミタは自分の復讐のためにコピーキャットを追っていて、コピーキャットは自分の快楽のために人を殺そうとしていて、肝心の被害者役もまた、自分への同情票のために殺される『フリ』をしようとしている。



 表と裏の社会で確かな地位を築いた連中の身勝手なゲームに、俺が身勝手に乗り込んで何が悪いだろうか。



 

何が正しくて何が正しくないのか。

俺が本当にするべきことは何なのか。




それらを見極めるついでに両者のメンツを潰して、幼馴染の明日香にどつかれるいつもの日々へと戻る。



 そしてそのためには何としても、ここから脱出しなければならない。

 そのハードルが異様に高いだけだった。





完全に日が暮れた。病院の階数が高いだけあって、街を一望できる。

食事を持ってきた看護師は不意打ちを恐れるように夕食を持ってきた。



めちゃくちゃにされた部屋を一瞥し、俺を睨んだ。



「まだ諦めてないんですか?」

「そりゃあ。美術館のオープニングなんて、一生に一度の思い出でしょうが」

「その体調では無理でしょうね」



 看護師は食器をわざとゆっくりとテーブルの上に載せた。

 あからさまに演出された隙。

 もう一人看護師がいることくらいお見通しだ。



 問題は、それでもこの病院から逃げ出さなければならないのだが。



「そう言えば、どうして学ランを?」

「こっちのほうが落ち着くんで」



 幸い取り上げられたのはスマホだけだった。財布と家の鍵はポケットに入ったまま。家まで逃げ込めれば何とかなる、かもしれない。



「それにしても、さっきは驚きましたよ」



 看護師は大きく伸びをして、体を反らしながら言う。



「何が?」

「いきなり暴れられるんですから。手に余るというかなんというか」

「外部との連絡手段を断たれて、部屋には鍵、外には見張り。これが軟禁ってやつじゃないんですか」



「逆に訊かせてもらっても?」

「何を?」

「どうしてそこまでして出ていきたいんです?」



 質問の意図が分からない。看護師は俺の一挙一動から目を離さないように注意しながら、いやね、と頭を掻く。



「私が子供の頃なんか、熱が出たら学校を休めるとか、そんな風に無邪気に喜んでいたもんですよ。高校の柔道部で脱臼した時だってそう。しばらく忌々しい授業に出なくて済むとか、教師に会わなくて済むとか、そんなことばかり。


今だって、もしも仕事中大けがして、しばらく会社を休むことができるならどれだけ嬉しいことか。私が思うに、真に自分らしく生きていくには、いかにして周囲との接触を絶てるかにあると思うんです」

「説得力のある哲学ですね」



 俺は枕に頭を預けながら答える。



「俺だってそう思いますよ。他人との関係を維持することなく一人で生きていくことができれば、どんなに幸せかって。幸いこの国は、お客様である限りは誰もが優しくしてくれますからね」



 でも、



「でも、今はそれじゃダメなんです。今は行動しなきゃいけない」

「どうして?」

「見極めたいからですよ。そして何より、今じゃないとダメだからです」

「……なんとなくわかるような気もしますけどね」



 看護師は首を振って、こちらを向いた。



「ともかく、当分の間はこちらで入院していてください。一応応急処置はしてありますし、重症ではないとはわかっていますけれど……油断は禁物ですし」



 そのまま看護師はこちら側を向いたまま、ゆっくりと扉へと後ずさる。やがて、敷居を踏み越えて、ほっと安堵の息を漏らす。



 ごつごつとした手が扉にかかる。



 今、なのだろうか?

 わからなかった。


 気が付けば跳ね起きて、ベッドを蹴っていた。

 地面と平行になるように体を倒し、看護師目がけてタックルする。

 スローモーションのように、看護師の表情が変わる。

 そっと目が細められたように見えた。



 激突。



 びくともしなかった。かと言って、受け止められたわけでもない。

 俺はゆっくりと、看護師の顔を見上げる。

 



 彼は、こちらを見ていなかった。表情も変えないまま、彼はゆっくりと膝を折り、その場に崩れ落ちた。

 飛び退くと、そのまま室内にうつぶせになってピクリともしない。

 



倒れた看護師の体に、薄い影が落ちている。

顔を上げる。

 



目に飛び込んできたのはナース服だった。清潔さを表す白。病院でナースを見たのは久々だった。




「……最近のナースは随分スカートの丈が短いんだな」



 思わず呟いていた。



「あと、国際化も進んでいるらしい」

「御託は結構」



 ナースキャップをむしり取ったトミタが言った。



「とっとと逃げるわよ」



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