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死んでもブタには食いつくな  作者: 九四山井耐排夢


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10/20

10.僕の知らない僕


屋上の縁に腰を下ろすと、そろそろ夕日が沈む頃だった。



すべてが紅に染まる頃。


背後で微かに空気が揺れた。



「殺したの?」

「ああ」



 トミタの声だった。振り返り、ゆっくりと立ち上がる。



「それが、どうかしたか?」



 あっけにとられたように俺を見上げるトミタは、すぐに目を逸らした。



「ううん……まさか」

「『まさか殺すとは』と思ったか?」



 トミタは目を伏せる。


 俺は立ち上がると、無造作に一歩踏み出した。



「今そこで、コピーキャットが死んでる。これで、美術館襲撃のリスクが僅かに小さくなったわけだ」

「美術館……そう」

「要するにだ」



 もう一歩。

 距離を詰めた。



「お前も殺せば、神林は安全だ、ってことだよな?」



 トミタは探るようにこちらを見つめる。俺は見つめ返す。


しばらく睨み合いが続いた。

やがて、トミタが視線を逸らした。そして、呟くように言った。



「私を殺す必要はないわ」

「どうして?」



 命乞いだろうか?



「お前も殺しの依頼を引き受けているんだろう?」

「違うわ」



 即答だった。トミタは歩き出す。

ちょうど、コピーキャットの死体に背を向けるように。



「神林会長殺害計画は、あのアパートでコピーキャットの口から聞いたものよ。その後で私はあいつにハメられたのを知った。あいつは、私の恩人を、私の目の前で殺した。その後で、私を気絶させて、窮地に追い込むつもりだった」


「アレが窮地とはとても思えないがな」


「コピーキャットのいつもの気まぐれよ。アイツにとって、その場の思い付きは成功してもしなくても、どっちでもいいのよ。とにかく、私は沖君のおかげで目を覚ました。そして、逃げ出すためにあなたを利用した。そして、一つの決心をした」


「どんな?」


「コピーキャットの受けた依頼を妨害するか、あるいは乗っ取る」



 トミタは胸の前で、ぐっと拳を握った。



「コピーキャットは殺し屋として活動しているけれど、信用自体は低いのよ。


気まぐれだし、何より、シリアルキラーとして名を馳せているから、もし捕まった時のことを考えれば、とても安心して依頼できるような相手じゃない。気まぐれ半分で依頼内容を暴露されたら危ういから。


でも、そんなコピーキャットの信用が最も高いのは、舞台がアジア圏になった時よ。知っての通り白人至上主義で、アジア人を殺す依頼は完璧にやり遂げるから」



「だから、その信用を失墜させるために仕事を妨害しようと?」


「そう。あるいは、コピーキャットを殺してしまおうと思ってね。あなたと行動を共にしたのは、誘い出す意味合いもあったのよ」

「ふうん」



 さて、トミタはどうやって殺した方がいいだろうか?


 相手は銃を持っている。



コピーキャットは不意を突くことができた。


 というよりも、誘っている節もあった。


だが、トミタが相手では、この作戦は通用するとは思えない。



「それにしても、沖君……なんだか目つきが変わったね」

「そうか?」

「うん。……私が初めて人を殺した時、そんな冷静じゃなかったよ」



 コピーキャットにせよトミタにせよ、殺人者というのは自分の経験や葛藤を理解してほしいという願望でもあるのだろうか。


俺はポケットに手を突っ込んだまま、先を促す。



「私が生まれた場所は、アジアの片隅の国。末期の冷戦の代理戦争で、アメリカやロシア、中国に引き裂かれて、その後はずっと内戦が続いてガタガタになった国。貧しい村落だった。何もない村だったけど、唯一不釣り合いなほど立派な石造りの建物があった」



 わかるか、と言わんばかりの視線。首を振る。



「教会よ。そこには何でもあった。教科書に、ノートに、パン。清潔な容器に入った水のおいしさは、今でも忘れられない。だから、複雑な気分だった。神様が宿る家だから、自分の家よりも立派で豪華なのは当たり前だと思う反面、そこは神様の家なんかじゃなくて、白人たちがわざわざアジアまで出張ってきて造った記念碑のようなものだと言い聞かせてた。


大人たちの反応も様々。食べ物欲しさに媚を売るおじさんもいれば、涙ながらに訴える人もいた。自分たちの土地を、外国人に土足で上がり込ませるような真似をさせていいのか、って。あいつら有色人種を人間とも思ってない、って。


でも、ある時からその葛藤から解放された」

「なぜだ?」

「お母さんができたから。日本人の、写真でしか会ったことのないお母さん。どこかの団体を通じて、日本語の手紙と、母国語に訳された手紙が必ず届けられた。そのお母さんのおかげで、私は村を出て、進学することができた。勉強さえすれば、選択肢は広がる。教会の人からも、お母さんからも言われていた言葉だった」



 でも、と彼女は言う。



「その頃首都では学生運動が激化していた。どこの国だってそう。体制と、理想を信じる学生の間で摩擦が起こる。学生は民主主義を求めて、内戦でガタガタだった当時の政府、政権は時期尚早と決めつけた。警察と学生が何度も衝突した。でもね、沖君。考えてもみて」



 この世界で、学生が体制や世界を変えられた例はないんだよ。


 トミタの言葉が、こう聞こえる。




 この世界で、個人が体制や世界を変えられた例はないんだよ。




「学生は無力だったし、主義主張はバラバラだった。もちろん体制側だって主義主張はバラバラだっただろうけれど、問題は、自分たちの世界を変えようとした学生は、ほんの一部に過ぎなかったってこと。


私の国の学生運動は、あまりにも早すぎた。多くの学生は静観した。それどころか、無関心だった。私の学び舎は学生運動の温床とみなされた。


たった一つの学び舎の学生運動のせいで、国の援助が打ち切られる。そんなバカなことがあってたまるかって、ある学生が立ち上がって、私たちの学び舎に火をつけた。


私たちの学校はできたばかりのミッションスクール。間口が広かったのはそこだけだったから。


一方で、火をつけた生徒たちが通っていたのは国立の伝統校。体制側で暮す二世三世が通うための学校だった」


「それがお前と何の関係がある?」

「わからない? ペンは剣に負けた。チャペルの中に暴徒と化した他校の生徒が入ってきて、姿をくらませた学生運動の首謀者を探して暴れ回った」



 先頭に立った暴徒が彼女を売国奴と呼んだ。国を荒らした白人たちの施しで生き、国の方針を否定するような教えのもとで学んでいたからだ。


 一方のトミタは宗教を信じ切ることができなかった。


子供の頃の彼女であれば、施しを受け取ることに後ろめたさを感じているだけでよかった。


しかし、他の人間からすれば、彼女は白人側でしかなかった。



 彼女のアイデンティティは引き裂かれた。

 


暴徒の怒号が、羨望と後ろめたさの入り混じったチャペルに響いた。



「暴徒の先頭に立った男は言った。勇気があるなら、チャペルに火をつけられたくないのならこのナイフで首謀者を刺し殺して首を持って来いって。首は銀の皿に載せろって。でも、私は学生運動のリーダーがどこにいるかなんて知らなかった。学生運動だって、何のことだか当時は全くわからなかった」



 怯える彼女に男はついに激昂し、ナイフを振りかざした。


パニックになった彼女は、咄嗟にナイフを奪い取って男の腹に刺した。



「人を殺めてはいけない。主はいつも空から見守っておられる。それが、白人たちの口癖だった。私は神様の宿る家の中で人を殺した。十字架が、ステンドグラスの聖母が、全部見守っていた。男たちはチャペルを出て、火をつけた。誰も、十字架から下りて来てはくれなかった」



 それが、彼女が殺し屋になるきっかけだった。



「それからしばらく、私は各地を転々とした。チャペルから生き延びた私は、悪徳と呼ばれるものすべてで、自分を焼き尽くしてしまいたかった。


 そして、三週間前。ほとぼりが冷めて、私は久々に故郷に戻った。一時は引き上げていた支援団体がちょうど村にやってきていた。私はそこで、山のような手紙を受け取った」



 訊くまでもない。すべて、母親からの手紙だったのだろう。


「奇跡だと思った。お母さんは私のことなんか忘れていると思った。でも、そうじゃなかった。私を見守ってくれる人は確かにいるんだって、その時気づいた」



 だから、彼女は日本に来た。

 母親に会いに行くために。



「……日本に来て、どうするつもりだったんだ」

「謝りたかった。ただ一言、親不孝でごめんなさいって。初めて手紙を書いて、送って、私自身も日本に来て、そして……」



 いつの間にか、トミタは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。散々俺を翻弄した少女の姿はそこにはなかった。


 いや、少女ではない。


トミタもコピーキャットも、見た目が幼く見えただけだったのかもしれない。


そして今、俺は、彼女が言った恩人の意味をようやく理解した。



「それを、全部……この女がっ!」



 トミタがコピーキャットの死体を引きずり起こす。


首がだらりと下がったコピーキャットの顔は、前髪に隠されて見えない。首には俺の指の痕が、生々しくもくっきり残っている。



 絶叫。


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