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#09 選択

 月曜日。

 今日は大きな花畑に来た。

 有名な観光スポットらしいが、思い付きでいきなり朝に家を出た所為で、移動時間も有って俺たちが付いた頃には夕方近くで、観光客はまばらでゆっくりとした時間を過ごすことが出来た。


 色取り取り花畑を背景にした高橋先輩の姿は、思っていた通り写真映えして、改めて見惚れてしまう程だった。


 火曜日。

 今日は水族館だ。

 薄暗い館内が間接照明の仄かな灯りが浮かび上がり、幻想的な空間を作り出している。

 クラゲやエイ、マンボウ、ペンギンなんかの水族館に来なければ見られない可愛い海の生物たち。


 丁度イルカのショーなんかもやっていて、飛び上がったイルカの着水した衝撃で、客席まで水飛沫が飛んでくる。


 先輩は帰りに土産屋で抱き上げると先輩の姿が見えなくなる程の大きなアザラシの様なぬいぐるみを買おうとしていたが、流石に荷物になるので諦めてもらった。


 水曜日。

 今日は遊園地。

 有名キャラクターの着ぐるみが有名なテーマパークだ。

 園内は広く、アトラクションも一日では全て回り切れないだろう。


 降下の勢いで水飛沫が上がるジェットコースターが一番人気のアトラクションらしい。

 昨日に続き、今日はジェットコースターで水を被ってしまった。


 木曜日。

 連日水に濡れていたので、どうせならもっと思いっきり浴びようという事で、今日は海に来た。

 水着や浮き輪なんかは海辺近くの店で売っていたので、水着はそこで購入した。


 意外と多種多様に取り揃えられていて、選ぶのにも小一時間使ってしまった。

 選んだのは決して露出の多い物では無いが、それが落ち着いた彼女の魅力を引き出していた様に思う。


 先輩は張り切って海に挑んでいたが早々に泳ぎ疲れたらしく、気付いたら海の家で食べられる焼きそばやかき氷に舌鼓を打っていた。

 お祭りの時も思ったが、先輩は結構食いしん坊らしい。


 金曜日。

 今日は花火大会に来た。

 浜辺から打ち上がる大きな花火が見られるらしい。

 あの日は結局ゆっくり花火を見られなかったので、そのリベンジだ。


 あの日と違い今日は浴衣を用意する事は出来なかったが、目当ての花火は堪能出来るだろう。

 二人で肩を並べて、夜空に咲く大輪の花を眺める。

 ゆったりと過ごす、二人きりの時間。


「それで、どう?急かす訳じゃないのだけれど、キミの心は決まったかしら?」


 隣から先輩の囁くような声。


 もしかすると、俺の態度に落ち着かない心の内が漏れ出ていたのかもしれない。

 先輩はそれを理解してか、選択を問う。


 俺は「そうですね」と前置きしてから、胸中を言葉に紡ぐ。


「突然部屋に現れた時は驚きましたよ。

 でも、先輩が来てからの日々は何だかんだ楽しかったです。

 夢への、小説への未練は尽きません。

 でも、それでも、それと同じくらい先輩の事も忘れられなかったんですよ。

 十年も思い続けた相手ですよ、それが偽物だったとしても、幻影だったとしても、俺は手を伸ばさずにはいられない。

 ……そうですね、はい。決まりました。決まってました。俺の選択は――」


 そして、俺は先輩の手を取る。


「俺は、先輩を選びます。夢を諦めても、それでも、俺はあなたが欲しい。」


 夢を捨てて、先輩を、世界を選ぶ。

 それが俺の選択。

 先輩の問いへの答え。


「――ありがとう。きっと、後悔はさせないわ」


 先輩は俺に向き直り、俺の握る手を両の手で包み込む。

 その顔に浮かべる表情は、優しい安堵の微笑みだ。


「それに、最初から答えは決まっていたんです。気付きませんでした? 俺、この旅の間一度も小説を書いてないんですよ」


 そう、いつも小説執筆をしているノートパソコン。

 あれは家に置いて来ている。

 最初から答えは決まっていたのだ。


「そう言えば、そうだったわね。もう、これでも結構不安だったのよ? ドキドキして損した気分だわ」


 先輩はそう言って、困った様に眉を下げた。


 花火の咲き誇る夜空。

 その大輪の明かりに照らされて出来る、二人の影。

 そのうちの一つが、不気味に揺らめいている。

 ――気がした。

 

 土曜日。

 帰りの移動時間を考慮して、今日で最終日という事になっている。

 俺たちは予約していた温泉宿に泊った。


 畳み貼りの落ち着いた空間。

 温かい露天風呂に浸かり、浴衣で海鮮料理に舌鼓を打つ。

 これまでの旅の疲れをゆっくりと癒す事が出来た。


 旅館を満喫し、夜も更けて来た。

 二人で一部屋、同じ布団。


「温泉、気持ちよかったわね」


「そうですね、ご飯も美味しかったし、最高です。もう死んでもいいくらいですよ」


 先輩は「冗談やめてよね」と言いながら寝返りをうち、ぐるりとこちらへと向き直る。


「ねえ、ホームズ君。わたし、キミの名前を知らないわ」


 先輩はふと思い出した様に、そう呟く。

 苗字くらいなら表札から知っていそうな気もするが、確かに俺は先輩に名乗っていなかった。


 ホームズ君かキミと呼ばれる事に慣れ過ぎていて、その必要が無いと思っていた。


 何なら、俺だって高橋先輩の名前が杏子だという事もつい最近知ったくらいだ。

 つまり十年前の俺たちの関係値は所詮その程度だったという事。


 しかし、今改めて名乗るのも――、


「なんか今更、名前呼びも気恥ずかしいです。ホームズ君でいいですよ」


「えー。これからも一緒に居るのでしょう? なら、キミの名前を知りたいわ、当然でしょう?」


 俺は夢を捨て、先輩を選んだ。

 きっと、先輩は俺と共に歩む未来を思い描いてくれているのだろう。


「じゃあ、明日起きたら、教えてあげますよ」


「仕方ないわね。絶対起きたら、教えてもらうわよ? 絶対よ?」


 そう言って不満気な先輩に対して「はいはい」と言った風に、俺は寝返りをうって背を向けた。


「おやすみなさい、先輩」


「おやすみ、ホームズ君。また明日ね」


 俺はそれには答えずに、目を瞑った。


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