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ドラッグストアへようこそ  作者: 楕草晴子
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—————それでも、明日には全部、作業終わる。

 クレアの家で思った『THE END』がちらつく中、塗料の入れ物に蓋をする。

 ついうっかり入れ物を倒したりはしなかった。

 カウンターの上に瓶とかもなく、片付いている。

 そういえばフォニーが最初にここに来た時、こんなに綺麗だったろうか。

 向こうの棚のほうとかも、もっとぐっちゃぐちゃで、あからさまに流行っていなさそう&家主が引きこもってそうな店だった気がする。

 今は普通にお客さんがきたら普通にこざっぱりした身なりの店員が出てきて、よくある定番商品をオススメしてきそうなぐらい。

 この辺りだけではあるが、相当綺麗になっていた。フォニーが瓶を割ったのを反省しているのか、先日の宴会のときに片付けたからか。

 もう明け方近い。手を拭いて、栄養ドリンクの瓶を取り出そうとしたがやめた。

 街の男達から吸った精気で満たされているから。

 でも眠りたい。疲れてはいる。

 足音を立てないように階段を上った。飛んで上がれば、そんなことする必要もないのだが。

 フォニーは今、ゆっくりとこの家を噛み締めたかった。

 あと一週間。

 部屋に戻る。ドアを開けると、ほんの少しいい香りがする。

 ベータのお土産のポプリはだいぶ古くなってきていたものの、動かすとわずかな残り香が漂う。

 ベッドの上に転がったパジャマに着替え、足元に落ちた毛布を拾い上げながら、身づくろいもせずに大の字に横たわった。

 天井は暗い。窓の外から漏れるわずかな明かりは、まだ夜であることを示している。

 眠くないけれど、目を閉じたら眠れるだろうか。

 瞼の裏にベータのうつむいた顔がちらつく。

 アイウェアの向こう側の目はどこを向いていたのだろう。

 フォニーの顔が見えていないのは確実だろうけど。

 マルタンとしてはフォニーがいないほうがいいのかもしれない。

 魔王はああ言っていたものの、魔王にとってフォニーは当然、『居たら居たで、居ないなら居ないで』。

 御兄弟はもうフォニーの顔を覚えていない可能性すらある。飲み会のネタ枠としては面白かったかもしれないが、それ以上ではないはず。

 魔族は家族という概念が薄い。魔王がベータのことをあんなに大事にするのは、大事にできなかったベータの母親がいるからだ。

 死は自己責任で、生き物を自ら殺すことは当然ありえることと捉えている。

 あの飲み会の食卓を囲んだ面々同士で殺し合いになったとしても、それは仕方ないことと思う、そういうものだ。

 フォニーだってそうだ。

 精力を吸い取ったあの男たちが、翌朝体力不足で行き倒れようと仕方ないと思っている。

 自分がそうなるのは嫌だが、それだけ。

 それだけなのに。

 そそくさとフォニーの前を過ぎるベータの後ろ姿と汚いローブ。

 何度もこの家の中で見たその姿をよぎらせているうちに、外が明るくなってきて、部屋の向こうでベータが起きだす物音がした。

 なぜか安堵し、急速に眠くなったのはそのあたりだった。

 それからも、うつらうつらとしながら、合間にベータの土気色の顔が浮かんだ。

 そのたびに体を起こして起きだそうかと思うものの、眠気の波に飲まれていく。

 結局起きだしたのは夕方。

 階下に降り、ダルさがあるので栄養ドリンクにより体力を補給する。精力をだいぶ使い果たしてきたということか。作業にキリが付いたら男漁りに行かねば。

 その時その場に、ベータはいなかった。

 勝手に塗料の入れ物をもって、屋根上に上る。

 家主不在の家の上から辺りを見渡すと、もうここがフォニーのもののように思えた。

 足元の塗り残しをみる。

 これからやれば、もう絶対、今日終わる。

 フォニーは手を動かした。

 右、左、右、左。

 屋根のすぐ下、おそらくベータの部屋のあたりから物音が聞こえる。

 でも、家の中には戻らない。

 ベータの活動音に耳を澄まし、それを塗りつぶすように無心に刷毛を動かした。

 緑色の塗料は乾くと黒っぽくなっていく。

 艶めく黒が、月明かりに照らされている。

 月はどんどんとその場所を変えている。雲間から星々も覗く。

 でも、フォニーはそれを見上げることなく作業を続けた。

 草を毟る場所もない。掃除するところもない。

 この作業が終わったら、フォニーはもうやることがないのだ。

 がったたたっ

 屋根の下で何度も音がする。

 ベータが部屋の中で何かをしているのだろうが、何をしているのか考える気にはならない。

 音がする場所をひと通りもう塗り終わり、場所を変える。

 静かになる。

 塗りつぶす。

—————あと少し、あと少しだけ。

 そう思っているうち、昨日あんなに塗り進められなかったところもあっという間に塗り終わっていく。

 背中を押されているようだった。

 凄い速さで塗り終わっている気がしていたが、実は集中しすぎて時間が分からなくなっていただけだったようだ。

 空が白んできていた。

 でも、塗り終わった。

 明るくなる空を見上げ、布の下で軽く息を吐きだす。

 汗を服の袖で拭い、足元を見ると、黒光りする屋根が日に照らされて光をフォニーにはじき返していた。

—————もう戻らなきゃ。

 どこに? に当てはまるのが今は足元の家。来週は?

 いつもよりゆっくりと降下していく。

 朝もやの中に見える、HOREKUSURIほれくすりの看板。

 様々な種類の薬の店の間口。これから上手くやったら、もしかしたら商売できるかも。

 魔王の息子という素性を出さないようにごまかしながら上手くやる方法があるかはわからないが、フォニ―がいなくても大丈夫なのは間違いない。

 何しろ、今まで居なくても大丈夫だったのだから。

 フォニーはもはや、この家に来たのがいつ頃だったか覚えていなかった。

 人間であるベータの頭の中での時間感覚よりは、フォニーのほうがあっという間に感じているはずだ。

 ベータはフォニーがここに来た時のことを覚えているだろうか。

 思いながら台所に入ると、ベータが降りてくるところだった。

 アイウェアを掛けながら降りてきたベータ。

 描かれた目と、目が合った。

 階段の途中でピタリと止まるベータ。

 合わせてダイニングテーブルの脇でピタリと止まるフォニー。

「おはよ」

「大丈夫か」

「何が?」

「こんな時間まで起きていたのだろう」

「ちょっと作業熱でね」

「そ、そうか」

 言いよどんで、少しお互いに話しあぐねる。

 フォニーは勇気を出した。

「塗り終わったから」

 ベータは黙ってこちらを見つめいていた。

「わかった」

 階段の登り口でフォニーとすれ違う。

 薬草のにおいを嗅ぐのは、あと数日となっていた。


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