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ドラッグストアへようこそ  作者: 楕草晴子
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 目が覚めた。

 寝落ちした時と全く変わらない位置。毛布にくるまっており、辺りが薄暗い。

 ベータの腕の重さもそのまま。

—————出るか。

 ベータを起こしては悪いので、極力そろ~っとベッドから抜け出した。

 当の本人は全く起きる気配なし。心配し損でしかなかった以前と変わらない寝顔。多少青白い。

 今日が何日なのかもよくわからないが、少なくとも辺りが再び暗くなっているので寝入ってから丸一日近くは経過しているだろう。

 階下は掃除後のあらかた片付いた状態だが、酒の匂いが抜けきっていないのは致し方ない。

—————思ってたよりも疲れてないわね。

 一日くらいじゃ疲れは取れないだろうと思っていたが、全然動ける。

 いつもより体が軽いぐらいだ。

—————ここで鍛えられた? 案外裏庭にいた奴らから精力吸えてた?

 兎に角元気いっぱい。

 裏庭から家の周りをぐるりと一周。

 魔王軍一同と国軍一同の撤収スキルは圧巻で、本当に元と同じ状態に戻っていた。

 一つ違うのは、庭の地面が裏庭の魔族たちと衛兵たちに踏み固められていること。

 しばらく草は一つも生えてこないだろうから、草むしり士は失職だ。

 部屋の中に戻って、魔界の調味料類が入っていた棚を一つずつ開いていく。

 当然ごっそりとなくなっていた。それだけ食べつくしたということ。

 魔王ご家族一同の、あの体の中のどこかに消えて行ったのだろう。理屈はわからない。

 食べ物を精力以外に必要としないフォニーには、喉の渇きでもエネルギー切れでもない『食欲』という欲は分からない。

 性欲≒食欲なのだろうか。

 昔誰かから聞いた気もするが、お腹が減るという感覚は今も謎だった。

 美味しい、は分かるが、フォニーのそれと食べ物のそれは違うらしいし。

 魔王一同がどんな顔で何を食べていたのかなど、覚えていないが。

 だって無理だろう。あんなに忙しかったのだし。緊張していたのだし。

 ただ、なんにせよいつもはフォニーとベータでやっている部屋の中のあれやこれやと庭や玄関のあれやこれやは全て済んだ状態になっていて、フォニーは充電できた状態。

—————水でも浴びて、遊びに行くか。

 森の中のいつもの場所で水浴びをし、服を着替え。

 この辺りも魔王が来たからと言って全く何も変わっていない。

 現状復帰は魔王のプライドなのだろうか。

 一行がベータの母親の墓参りをいつしたのかもよく知らないが、多分この森のどこかにあるのだろう。

 集合墓地に場所を買うお金も、墓石を用意してそこまで運ぶ頭も、子どもだったベータにはないだろうから。

 先ほど寝顔を見た同居人の青白い顔を思い出し、いざ出陣と夜空を浮遊する。

 体が軽く、

—————いくらでも狩れそう。

 新規開拓しようか。

 星を見もせず眼下の街明かりにほくそ笑んだ。

 まっすぐに、とある日雇い労働の安宿に向かう。

 男が数人雑魚寝している部屋が

—————あった。でも、そこはちょっとなぁ。あいつ半目だから起きそう。その横は?

 順に見渡していく。

 前にこの辺りに来た時は、全く食指が動かず、もうこれ『で』いいやっちゅー妥協だった。

 今回は順に全部頂くこともできるかもしれない。

 時計の針は深夜1時。絶好じゃないか。

 窓が開いていた部屋の中に入ると、男が3人雑魚寝している。いびきもなく完璧。

 どこかからの旅人だろうか。大き目の荷物。

—————都合もいい。よし。ここで。

 うち一人、明らかに眉間にしわを寄せたまま、時々唸っている男。こういうのがいい鴨。

 心が弱っている時こそ、『魔が差す』というものだから。

 慣れた手筈で夢のなかに入ると、さっき眠っていた3人が同じ部屋で起きていて、飲んでいる。

「いい女いないな」

「こんなしょぼい街っての予想外」

「ま、今金欠だからしゃーなし。もうちょいだろ」

 出稼ぎに来ているらしい。有り金で女を買おうとしたものの、いまいちで落胆する姿が夢にまで出てくるあたり、現実的な奴だ。

—————ばれるかな。

 可能性はある。こーいう奴は勘がいい。だが、今のフォニーにはそれもまた一興と思えた。

「おぃ、どこ行くんだよ」

「便所」

 一人が車座から抜け出して、立ち上がり。

—————チャーンス。

 フォニーは思わず笑みを浮かべ、そろりと商売女の顔を作った。

 服も着替える。

 トイレで立って用を足しつつある男。他に人がいないことは事前に確認済み。

 足し終わった後、ズボンのジッパーを上げる前になぜか鏡で自分の顔を凝視している。

 のろのろと居住まいを正し終えると、洗面台に向かうが、手を洗った後また自分の顔を凝視。

 どんだけナルシストなんだろうと思っていたら、懐から財布を取り出し、中から紙を見ている。

 任務か何かだろうか、と思っていたら、名前が書いてある。二人分だった。

 男は深く息をついた後、再び財布を仕舞って。

 振り向いたところで、フォニーを見てびっくりした顔をしている。

「お前、いつから」

「今来たところよ」

 男は脂汗だ。何か秘密にしないといけない名前なのだろうか。

「なに? 大仕事?」

 小柄な男はフォニーの目の前。その方に、フォニーはそっと手を置いた。

「その前に…どう?」

 男は唾を飲み込んで、

「悪くない」

 とつぶやいた。

 肩の中にフォニーの手が溶け込んでいった瞬間に、男は気が付きもしなかった。

 この先はもうフォニーのターンが続くだけ。

 男はすぐさまフォニーを抱きかかえ、青ざめながら笑みを浮かべ、脂汗が普通の汗に変わり。

 フォニーが精力で満たされているさなか、

「ああ、殺しの前はやっぱり女だよな」

 とか、

「もうすぐあの二人ともお別れか」

 などと嘯いている。

 夢だと気づいているのかどうなのか。

—————ば~か。

 本当に殺しが得意な者はもっとずっと警戒心が強い。ただのチンピラに過ぎず、ちょっと稼ぎがいい仕事を誰かに任されたのだろう。

 フォニーが全ての仕事を終え、美味しく男の精力をとれるだけ頂ききった最後まで、男は気づかなかった。

「まあ、嘘でもあいつらと仲良くしたおかげで女にありつけたわけだ。

 もう少しでお前らこそこの世とおさらばだってことなんざ思いもしない馬鹿どもだがな!」

 夢では高笑いして締めくくられたが、そこからフォニーが這い出た瞬間、便所で膝から崩れ落ちた。

 フォニーの肌は色つやを増し、元気になったが、満足感がない。

 相手がカス過ぎて面白くないのだ。

 ホテルの部屋を出て、空からもう一件どこか物色できないかと飛び回りながら、順々する。

 別の家の窓から部屋を覗くと、カレンダーにバツ印をつけていて、それによると今日はあの飲み会から丸っと2日立っているようだった。

—————だいぶ寝てたのね。

 ベータの寝入りぶりを思い出し、流石にもう1日くらいで起きるだろうなと勝手に納得する。

—————帰るか。


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