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ドラッグストアへようこそ  作者: 楕草晴子
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 どんちゃん騒ぎも今は昔。

 裏庭はほぼ元の裏庭に戻っていた。

 ついでに元々あったゴミも片付けてくれたらしく、いつもよりスッキリ。

 蟻の魔物も全ていなくなり。豚も蛇もその他よく分からん奴らもみーんないなくなり。

 国軍の衛兵たちも魔法使いもいなくなり。

「じゃあまた後程」

 最後にデミタスが消えて、その場に残っているのはマルタンと王宮魔法師のみとなった。

「では、最後の仕上げで」

 王宮魔法師は裏庭にちいさな円を描くと、真ん中に液体を垂らした。そのまま空を見上げて杖を上から下に振り下ろす。

 空が薄紫にきらめいたと思ったら、膜のようなものが皺になって、布を引っ張ったように一点が尖り、その先端はするすると円の中に吸い込まれていく。

 液体は無色から紫色に変わり、そのままごつごつとしたマットパープルの岩になった。

 王宮魔法師は岩を手に取ると二つに割った。

 片割れをマルタンに手渡す。

「たしかに」

 頷きながら受け取った。普段のフォニーなら、この岩が何か質問をするところなのだが、もうその気力はない。

「済んだか」

 ベータはフォニーの横に並び、マルタンと王宮魔法師を見やる。

「ああ。では、これで」

 王宮魔法師は箒を何もない空間に手を突っ込んで取り出すと、そのまま颯爽と飛び去った。

 フォニーは実のところ、この王宮魔法師が今日この場にいた者たちの中で一番タフだと思っていた。

 なにせ仕事の合間に虎のゴーゴルだけでなく、デミタスも追いかけて遊んでいたらしいから。

 そのせいで疲れていただけかもしれない。

「キース、今日までのところ、ご苦労だった」

「ベータ様も。で、来年のマンドラゴラ一〇〇ですが」

「ああ、その話か」

 フォニーは二人が前のめりになるのを見て、話が長くなりそうな空気を感じ取った。

「ちょっと、今日はもうその話、やめにしてよ」

 マルタン——キース——はむっとした様子で、

「しかし、」

「やめ。もう疲れたから」

 フォニーはマルタンの耳元に飛んでいき、周りこんで声を潜め、

「アンタ、ベータに気ぃ使いなさいよ。人間なのよ!?」

 キースは一瞬目を丸くし、口ごもった後、

「わかった」

「キース、構わんぞ」

「いえ、急いでも仕方のない話です。また、少し、そうですね、来月までに」

「そうか。手数かける」

「いえ、構いませんよ。今宵は…いや、もう夜更けですな。一日ごゆるりと」

「そうする。かたじけない」

 固い固いっと思いながら、ベータの棒読みの思いやりが、フォニーの疲れをより強く感じさせた。

「ではこれにてお暇と」

 空間にできた裂け目にひらりと体を滑り込ませると、裂け目はひとりでに閉じて行った。

 玄関の前に当初できていた裂け目はもうなく、辺りは静かな明け方を迎えていた。

 ベータは無言のまま踵を返し、部屋に戻っていく。

 フォニーは後を追った。

 階段を上り、ベータの部屋の前にたどり着く。

 ベータはドアを開け、ローブを脱ぎだした。

「ちょちょちょちょ!」

 ローブは足元に落ちる。フォニーはローブを拾い上げようと駆け寄り。

 ベータはローブの下にきているシャツ——洗濯はしているらしいが同じものを使い続け過ぎており、白かったはずの下着はクリーム色になっている。特に脇の下らへんは茶色に変色しつつあった——は脱ぎ去ると同時にローブと同じところに投げられた。

 結果、フォニーはその布を頭からかぶる羽目に。

「前見えないでしょ!」

 布を払い落そうとじたばたしていると、今度は何かが床に転がる音がする。

 ようやくベータ臭い肌着を振り払うと同時に、バフンと今度はベッドが揺れた。

 ベータはベッドにうつ伏せに倒れ込んで微動だにしない。

 舞い上がって見ると、肩がわずかに上下している。

 パンツ一丁のベータは、大の字になって寝息を立てていた。

 靴下まで脱いでいるのはご丁寧なこと。眼鏡だけは外していないが、うつ伏せになっているせいで少し曲がっていた。

 膝から下がベッドに収まり切っていないのは、もう倒れ込んだ瞬間に寝入ってしまい、枕の位置まで頭を移動させられなかったから。

 普段のフォニーならこの体程度なら浮かせたりできるかもしれないが、今はエネルギー切れもいいとこ。

 脱ぎ捨てられた靴と靴下・ぐちゃぐちゃのローブと肌着。

 拾いに行く気力はフォニーにもない。

 しかし、半裸のベータは、

—————流石にこのままだと風邪ひくよねぇ。

 魔族ハーフかつ魔王——牛の魔物——とのハーフという事なので、脱いだらどうなっているのかと思ったものの、案外普通。

 あえて言うなら腕とか足とか部分的に毛深い程度。

 フォニーがお相手つかまつってきた男性陣と比較し、そう大差なかった。

 普段の猫背に体格の良さが隠れていたことが露わになったものの、いいのが骨格だけ。

 服を着ていた時の印象そのままの、筋肉も贅肉もまるでついていなさそうな体は残念。

 これじゃ正面から見るとあばらが浮いている可能性大。

 ひと通り半裸——いや、パンツ一丁なので三分の四裸——を眺めまわした末、丸まって足元に広がっている毛布を引っ張る。

 足が少しだけ動いたが、ベータが眠りから覚めることはなさそうで。

 そのまま体に毛布をかけようと舞い上がったが、フォニーにも中空を維持する体力はもう残っていない。

 そのままベッド上に軟着陸し、両手に持った毛布をベータの体の上に。

 ぐるり

—————あ、あれれ?

 寝返りを打ったベータの体は、フォニーの毛布を巻き取った。

 毛布に手を伸ばそうとかがんだ瞬間、さらにベータが逆側に、大きく体を広げて寝返りを打つ。

「え、ちょ」

 フォニーはベータに巻き取られ、抱きかかえられる形でベッドに横になった。

「ぅん」

 頭上で鼻息なのかいびきなのかよくわからない音が聞こえると、毛布はフォニーの頭の上にまですっぽりとかぶせられた。

 真っ暗。

 しかしベータの寝息。

 重たい腕が上にかぶさっており、どけられない気が。いや、できたとて、ベータが起きてしまうかも。

 毛布内は先ほど下着で嗅いだベータの体臭の生バージョンで満ち溢れている。

 というか毛布も持ち上げた段階でそんな匂いがしたのだが。

—————生理的に無理な感じではないのは良かったけど、このあとどうやって外に…

 寝息で上下する胸元が目の前にあるが、それ以上に徐々に毛布内が温まってくる。

 フォニーの体も温まってきて。

 ベータが疲れ果てていたのと同じく、フォニーも疲れ果てていた。

 生理的に無理ではない、一緒に生活して慣れてきたベータの、薬草臭さと体臭が混ざった匂い。

 宴会の緊張感から解き放たれ、疲れ切っていたフォニーがそのまま寝入ってしまったのは不可抗力というものだった。


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