第8章
・・・試合への反感も高まりはじめた。
『改革論者』は怒り、カリフォルニア州のジレット知事に抗議の手紙を送った。
「野蛮な戦いを、いますぐやめよ!」と。
知事はついに、試合を中止するハメになった。
『黒人対白人』のタイトルマッチに対するさらなる抗議や、暴動を警戒しての措置だったらしい。
ジョンソンの当時の言葉がある。
「・・・俺には分かっていた。もっともらしいことを言っても本心は・・・黒人憎悪だ。」
冷めた視線、どこかさびしそうな表情のジョンソン、そして、いまにも感情を爆発させ、くやし涙を流しそうな怒りの表情で、仲間になぐさめられる、プロモーターのリカードの写真も、動画中に見られる。
翌日、多くの見送りを受けて、ジョンソンは去った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リカードは、次にネバダ州知事に会い、試合をリノで行なうことにした。
ジョンソンいわく・・・
「ああ、俺は、どこででもやるぜ。」
自ら運転する自動車で移動する。
グッバイ、カリフォルニア・・・。
ボクシングファンは、いっせいにリノへ向かった。
徒歩で大勢が移動する。
試合場そのものも、分解され、山を越えてリノへ運び込まれた。
ここでふたたび組み立てて、またまた立派なスタジアムの完成だ。
それは・・・さながら、いにしえの時代の『ギリシア演劇』の始まりのようだった。
試合が近づき、王者ジョンソンは、大柄の白人選手、アル・カウフマンをスパーリング・パートナーに選んだ。
読者の皆様もご存じのとおり、アルは、ジョンソンが初めてヘビー級タイトルに挑戦したときの、当時のチャンピオン、トミー・バーンズ側のスパーリング・パートナーでもあり、中堅どころで活躍していた、なかなかいい選手である。
ジョンソンは、彼と試合をしたことがある。
1909年9月9日。
あのスタンレー・ケッチェルとの初防衛戦の一ヶ月前のことである。
結果は、10回終了時、ノーコンテスト・・・つまり、「無効試合」と記録されている。
研究者によっては、このカウフマン戦も、ジョンソンの防衛記録とする者もいるようだが・・・。
ジョンソン談:
「・・・でかくて、タフな奴が必要だったんだ。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・人々は、よく働き、そして実によく遊んだ。
当時の僻地だったリノは、いまや世界の中心になりつつあった。
人々は、ジョンソンのためにオープンした『ジョンソン倶楽部』で大いに酒を飲み、試合の賭けを楽しむ。
客層は、ジョンソン・ファンの白人ばかりだ。
「・・・気分はどうだい、チャンプ?」
「ああ。上機嫌ってヤツさ。」
金持ちも貧乏人も、みんなリノに集まった。
試合前日、ジェフリーズ(以下、「ジェフリー」と略す)は、有料の公開練習で人を集めた。
スパーリングの相手は、『ジョー・チョインスキー』といい、白人の、やや小柄な印象の若い選手。
実は、王者ジョンソンは、この選手と無名の放浪ボクサー時代に手合わせしたことがある。
1901年2月25日。
結果は・・・チョインスキーの第3ラウンドでのKO勝ち。
要するにジェフリー側がわざわざこの選手を雇ったのには、ジョンソンの「弱点」を探りたかった、という裏事情もあったらしい・・・。
チョインスキー本人の試合の映像は残されていないが、動画中のジェフリーとのスパーリングでの動きを見る限りでは、なかなかすばしこそうで、手ごわそうな印象も受ける。
続々(ぞくぞく)と、新聞記者も訪れ始めた。
・・・映像中、右側に立ち、ハンチング帽をかぶった、太った白ヒゲ男は、個別のエッセイでも紹介した、ベアナックル時代の名チャンピオン、『ジョン・L・サリバン』。
この日は、ニューヨーク・タイムズ紙の『特派員』として、会場に来ていた。
左端が、彼から1882年に、第21回KOでタイトルを奪った、ジェームズ・J・コーベットだ。
コーベットは、先にも書いたように、今回の試合での、挑戦者ジェフリーの技術アドバイザー兼、減量ほか練習指導者兼、試合のセコンドとして・・・なによりもジョンソンの敵方の参謀として、この会場に来ていた。
・・・そんなコーベットと、サリバンの『スパーリング』。
実に、28年ぶりに再会し、こうしてまた対峙する二人の名ボクサー。
試合後、敗れたサリバンは、試合場では新王者のコーベットを祝福しはしたものの・・・
やはり、本心では、過酷なベアナックル時代を生き抜いた名王者としてのプライドが許さなかったのだろう。
ずっと冷戦状態にあった両者は、『同陣営のよしみ』ということもあり、憎たらしい王者ジョンソンをつぶす、という共通の理念にもとづき、ここで「仲直りの握手」を交わした。
・・・当日は、約30分ごとに汽車が到着した。
上流階級の人々は、特別に用意された、豪華な専用列車に乗って、荒野にエレガントな色を添える。
切符は、すでに完売。
・・・そんな中、『クー・クラックス・クラン(= 略して「KKK」)』などの極右勢力・・・つまりは、「白人至上主義」の団体が、おそろしい噂を流す。
『もし、黒人が勝ったら、客席から銃弾が飛ぶぞ!』