第7章
黒人ヘビー級チャンプが難なくタイトルを防衛する中・・・元王者ジェフリーズに期待が高まった。
彼の『カムバック』を熱望する声が上がりはじめたのである。
「あのジョンソンを倒せるのは、あんたしかいない!」
農場で働いていたジェフリーズは、その声に心を動かされた。
彼は、本当に強かった。
20戦全勝無敗18KO。
一度も負けることも、ダウンすることもなく引退した、名チャンピオンとして、人々の記憶に刻まれた偉大な男・・・それが、ジェフリーズだった。
現役時代の彼は、『カリフォルニアの大熊』の異名どおり、体ごと荒々しく突進し、強打をぶち込むという野獣のようなファイターで、元チャンピオンのコーベットとフィッツシモンズの二人を、それぞれ二回ずつKOで葬っている。
老けるにはまだ早い、35歳である。
また彼には、『ボイラー・メイカー』というニックネームもあった。
これは、むかし彼が、機関車のボイラーを作る仕事にたずさわっていたことによるとされている。
「ボイラーを作ってるより、ボクシングの方が金になるからな・・・。」
彼の言葉だそうだ。
引退後の彼は、自分の農場に訪れる人々にいたずらをしては、「王者の余裕」を見せていた。
・・・しかし、5年もリングを離れていた彼は、体重が現役時代より45キロも増えて、145キロの巨体になっていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんな中、ボクシング界の大物・・・ジョン・L・サリバンからジェフリーズに、直接、要請の電話が入った。
サリバンは、序章でも紹介したとおり、グローブを着用しない、素手で闘う「ベアナックル時代」最後の偉大なチャンピオンである。
肥満のジェフリーズは答えた。
「・・・金額によっちゃあ、やってもいいぜ。」
すると、資金提供者が殺到した。
当時の金で、15万8千ドル。
彼の要求した金額を、全額飲んだ、カナダ人のギャンブラーがいた。
この動乱時代の山師・・・『テックス・リカード』だ。
それにしても、とんでもない額のファイトマネー・・・本当に払えるのだろうか??
だがリカードは、『金塊』という切り札を持っていた。
これにジョンソンも快く返事をする。
「・・・ジェフリーさんよ、俺のファイトマネーの金額と、試合する場所を教えてくれれば、すぐにでも飛んでくぜ。」
リカードは、派手な記者会見をニューヨークでやりかたったが・・・地方検事に拒否されてしまった。
そこで彼は、対岸のホテルを借り切って、空前のファイトマネーを賭けた試合の調印式を行なった。
10万1000ドルを、勝者6割、敗者4割で分け合い、映画権が、両者に5万ドル。
・・・それが、12月のことだった。
『1910年7月10日 ジョンソンとジェフリーズが、サンフランシスコで対決する!』
この世紀の一戦に・・・世界の目が注がれた。
切符の売れ行きは好調。
リカードは、興行の天才だった。
史上初めて、たった一試合のために『スタジアム』が建設されたのだ。
しかし・・・カリフォルニアに非難が集中。
『20世紀だぞ、ケンカはよせ』と。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジェフリーズは、大試合を控えて、田舎に引きこもった。
減量作戦の実益と宣伝を兼ねて、ハンドボール用のコートも作られた。
・・・王座奪還のためには、タイミング・筋力・リズムの回復が望まれた。
元王者のコーベットが、練習の指導をする。
夫人が見守る中、しだいに絞れてゆく、ジェフリーズの肉体。
トレーナー、助言者・・・そして医師団のまなざしは、彼一人に向けられていた。
『白人の希望の星』に・・・。