第3章
・・・1908年12月26日、午後1時。
第1ラウンドのゴングが鳴った。
二万六千人もの大観衆が、固唾を飲んで見守る。
チャンピオンのバーンズは、実に12回目の防衛戦である。
189センチ、96キロ。
長身で精悍な挑戦者ジョンソンは、たくみにバーンズを自分のペースに引きずり込もうとする。
王者は、攻めあぐむ。
ジャックが笑いながら、声をかける。
「トミーさん、いい天気だね。」
挑戦者は、王者を疲れさせる戦法のようだ。
客席にちらりと見える白服のスーツの男は、プロモーターのヒュー・マッキントッシュ氏。
「トミーさんよ、それが『三万五千ドルの腕』かい?」
「まぁ・・・遠慮するなって。」
ジョンソンが、からかうように声をかける。
・・・どうも、長い試合になりそうな気配だ。
ここで第1ラウンド終了のゴング。
両コーナーとも、セコンドたちが、必死に大きなタオルで、コーナーに戻ってきた選手をあおぎ、体の熱を冷まそうとする。
(ちなみに、12月のシドニーは、南半球なので、真夏の『酷暑』の時期である。)
ラウンドが進み、第8ラウンドあたりで、挑戦者の『勝ち』が見えてきた。
疲れた王者に、またもジョンソンの挑発的なからかいの言葉が飛ぶ。
「・・・どうした、根性なしが。」
そして、ラウンド終了のゴングが鳴り、別れ際にジョンソンが左手を軽く上げ、バーンズに『ご挨拶』。
「トミーさん、あばよ。」
~ ~ ~ ~ ~
第14ラウンド。
・・・王者は疲れ切っていた。
そこへ、ジョンソンの容赦ない挑発の声。
「トミーさん、どこへ行く気なんだい? そこで見ている、あんたのスパーリング・パートナーのアル・カウフマンさんも、逃げられねぇっておっしゃってるじゃねえかよ。」
「俺には、勝てやしねえ。」
ここでジョンソンがラッシュ。
左、右、フック、アッパー・カットの嵐。
王者あやうし!
バーンズが前のめりに倒れかかった、まさにその瞬間・・・警官は撮影を禁止し、試合をストップさせた。
・・・ジョンソンのTKO勝ちである。
新チャンピオンの誕生だ。