第2章
1905年。世界ヘビー級チャンピオンは、『トミー・バーンズ』だった。
ライバルの黒人選手で、ただひとり、彼のタイトルを狙う男がいた。
それが、『ジャック・ジョンソン』だった。
当時、トミーは無敵だった。
ニューヨーク、ダブリン、ロンドン、パリと、ボクシング興行が続いた。
その彼にのしかかる大きな影・・・それが、ジャック・ジョンソン。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジョンソンは、ついにオーストラリアで『チャンス』をつかんだ。
バーンズとの、『世界ヘビー級タイトルマッチ』である。
ジョンソン:
「・・・それは、長い長い道のりだったよ。30年前にテキサスで生まれたんだが、そのまんまくたばる気はなかったさ。
・・・何かやってみたかったんだ。」
シドニーのボクシング・プロモーター、『ヒュー・マッキントッシュ』の力で、当時のヘビー級チャンピオン、トミー・バーンズとのタイトルマッチが決まったのだ。
身長173センチ、体重80キロのバーンズは、ヘビー級史上、最も小さなチャンピオンであった。
実はこのとき、拳闘ファンの心に焼き付いている、真のチャンピオンは・・・さきに無敗で引退した『ジェームズ・J・ジェフリーズ』だった。
バーンズは、試合に向けて、大男の『アル・カウフマン』と、スパーリングを行なっていた。
ニューヨークの新聞記者、『ジャック・ロンドン』も、そのスパーリングの取材に来ていた。
その一方、70マイル(= 約112キロメートル)離れた場所で練習をする、挑戦者ジョンソン。
(野生のイノシシにミルクをあげたりしている。)
「・・・イギリスやフランスまで彼を追いかけてきたんだ。手ぶらじゃ、帰れやしないんだよ。」