第10章
ジョンソンの二度目の防衛成功の翌日・・・7月5日の朝のこと。
人々は、『暴動』『放火』『殺人』の報道に、恐怖した。
かねてから予想されてはいた懸念が、ついに最悪の形で現実のものとなってしまったのだった。
負傷者数百名、死者は、分かっているだけでも十名以上。
暴動の拡大をおそれて、ジョンソン対ジェフリーの試合の映画の上映が禁止されることとなった。
議会は、同映画を州外で上映することを禁じる法案を、制定・施行した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ついにジョンソンは、母親とシカゴで会ってから、ヨーロッパに脱出。
「・・・イギリスでの暮らしはまともだったね。彼らは大人で、『世界チャンピオン』として、俺に敬意を払ってくれたんだ。
黒人やボクシング・ファンからだけじゃなかった。どこに行っても、誰からも大歓迎された。」
そう、ジョンソンは回想する。
この船旅は・・・社交界の白人の美女、『エタ・テリー・デュリエ』を伴ってのものだった。
彼女は、実は、ニューヨークの実業家だった。
彼女とは、とある競馬場で知り合ったのだった。
ふたたびジョンソンの回想。
「・・・『エタ・テリー・デュリエ』。俺は、その名前の響きが好きだった。俺に、実によく尽くしてくれたよ。」
彼の派手さと、彼を囲む人々の彼への追従・・・
英国人は、彼の粗野さ・・・つまりは『ワイルドさ』を受け入れてくれたのだ。
笑顔のジョンソン。
戴冠式の日にロンドンに着いた。
彼は、交通を渋滞させた罪で召喚されたが・・・それを名誉に感じた。
「・・・王様より人気があったんだ。」




