第9章
・・・1910年7月4日、アメリカはネバダ州、リノ。
いよいよ、ジャック・ジョンソン対ジム・ジェフリーの試合当日だ。
試合開始、ジェフリーに先立つこと、三分前。
ジョンソンがリングに登場した。
相手より先にリングに入るのは、契約書にも記された彼の「習慣」だ。
撮影隊のカメラが回りはじめた。
大歓声は・・・
挑戦者ジェフリーの登場で、最高潮に達した。
それはまた、『新時代への幕開け』でもあった。
史上初めて、各ラウンドの得点が、電信にて全国にリアルタイムで速報されるのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・試合開始のゴングが鳴る。
45ラウンドもの、長い長い『世紀の闘い』・・・スーパー・ファイトの火ぶたが切って落とされた。
両者の動きは慎重だ。
一方の雄は、説得されてカムバックした、『白人の希望の星』。
他方は、その「大言壮語」で、国中を沸かせた男。
・・・そして、第三の男は、大興行師のテックス・リカードだ。
場外では、切符にあぶれた人々が、この大試合の結果を待っている。
かつてジェフリーは、『史上最強の男』と呼ばれていた。
ベアナックル時代の名王者サリバンを21ラウンド失神KOで葬ったコーベットを二度、いずれもKOで片づけ・・・そして、そのコーベットに挑戦したタイトルマッチで、14ラウンドに『ソーラー・プレクサス・ブロー』というみぞおちへの一撃でKOし新王者になったボブ・フィッツシモンズから、これまた11ラウンドで眠らせタイトルをもぎとったのみならず、再戦でもKOの返り討ちにした、強いジェフリー。
ジョンソン談:
「史上最強・・・ほう、それはどうかね。」
たびたび、クリンチになる試合展開。
そんな慎重な挑戦者ジェフリーに、セコンドのジム・コーベットから、檄が飛ぶ。
「ワンツーだ、ジェフ、ワンツー!!」
「・・・それだよ、ジェフ。ワンツー、ワンツーで来てみな。」
クリンチし続け、なかなか手が出ないジェフリーに、さらにジョンソンから挑発的なからかいの声が。
「手ぇ出せってば、ジェフさんよ。これは、タイトルマッチなんだぜェ。分かってんの、おたく・・・?」
ラウンドが進み、もう第7ラウンド。
ジェフリーは、あせりを見せはじめた。
放ったパンチはすべてジョンソンに押さえられ・・・しかも、挑発の言葉も返って来るのだ。
「はっはっは。こりゃ、強いや。オレ・・・今日は相手を間違えたかな・・・?」
撮影隊も必死だ。
砂漠の太陽が、カメラをじりじりと焦がす。
熱気に包まれる会場。
・・・そして迎えた、第15ラウンド。
満を持してジェフリーに襲いかかるジョンソン。
ロープぎわでクリンチした後、左右の目にもとまらぬ連打がジェフリーをとらえ・・・ジェフリー、たまらずダウン。
プロ入り以来、初めての屈辱だ。
『白人の希望の星』がロープであえぐ・・・
それはまるで、時間が静止したような瞬間だった。
スローモーションで見てみよう。
ジョンソンの右アッパー。
速い左フックの連打。
「・・・立てよ、ジェフ。立ってみろよ。」
立ち上がりかけたジェフリーに飛びかかろうとするジョンソン・・・近づくジョンソンを、リカードが制止する。
そして、やっと立ち上がりかけたジェフリーに対し、ジョンソンの必殺の左が火を噴く。
・・・ジェフリーは、場外へ。
ロープ外へ叩きだされた彼を、ルールも忘れて、思わず手を貸して、起こしてあげてしまう人々・・・。
ジョンソンがトドメを刺す。
滅多打ちされ、追い討ちをかけられたジェフリーは、たまらずマットに沈む。
「やめろ!」
「もうやめさせろ!!」
観客から怒号とヤジが飛ぶ。
リカードがジョンソンに、『試合終了』の合図。
・・・こうしてこの世紀の一戦は、『白人の希望の星』が、憎き黒人に辱められ・・・打ちのめされて期待を裏切り・・・白人を失望させた。
試合後、かつての名王者ジェフリーは、ふたたび引退を表明し、さびしくリングを去った。
生涯戦績・・・18勝1敗15KO2引き分け。
ヘタにカムバックせず、ジョンソンと闘わずにおれば、チャンピオンのまま唯一無敗で引退した、あの『ロッキー・マルシアノ』と並んで、『無敗の王者』として、永久にボクシングのヘビー級史に名を刻んでいただけに、なんとも物悲しく、残念ではある・・・。
そのロッキー・マルシアノにつきましては、あとで改めてエッセイを書きますね♪




