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ルームメイト  作者: 帆摘
9/41

9話

夕飯の買い物をして帰ってくると、どっと疲れて冷蔵庫にものを閉まってからリビングのソファーにトスッと腰を下ろした。それは暖色の柔らかいマイクロファイバーで出来たソファーでとても心地が良い。実際本当に疲れていたのだろう、それからほどなくして私は深い眠りの中へと落ちていた。


***


何故か、昼間見かけない男と一緒に並んで歩く彼女の姿を見た時に胸がざわめいた。別に彼女が誰と一緒に居ようが関係ないと思いつつ、その場から目をそらす事ができなかった。それからなんとなくイライラしたまま、女との約束をすっぽかして帰ってきた。玄関の扉を開け、リビングに入るとそこに疲れた顔をした彼女が寝ているのが見えた。

その顔を見た途端、何とも言えない安堵感があった。部屋から軽い羽毛のブランケットを持って来てゆっくりおこさないようにかけてやる。


黒くて艶やかな髪の毛をひとなですると、暫くの間その寝顔をじっくりと眺める。その年の割には幼い容貌だが数年もすれば、見違えるようになるか・・・ジェリーの言っていた言葉を思い出し苦笑する。あの後、一度奴にあって馴染みの店に行った。日本ではどうやら二十歳になるまで酒が飲めないらしい、側でぐいぐいと浴びるように飲む奴を恨めしく思いながらコーヒーを飲む。

「あんたにしては珍しいタイプの子だったわね。うちの店にまで連れてくるなんて。」

「そうか?」

「あら?彼女じゃないの?」

「只のルームメイトだ。」

「へえ・・・尚珍しいじゃない?あんたが女と一緒に住むなんて。あんたって無類の女好きだけど、自分の部屋には一切入れなかったでしょ?メンドクサイって言って。」

ジェリーは本名、二宮竜之介という。傍系の流れを汲む日本の芸能文化歌舞伎役者の家に生まれながら、それを蹴って一人ドイツへ留学していた時に出会ったのだ。なので、付き合いは結構長い。まあ、跡継ぎは次男がいるらしいが、ドイツで3年、パリで2年、もともと美意識に恵まれていたのか才能があったのか、多くの若者がつぶされる業界の中で瞬く間にその座を勝ち取って行った。


ショーの手伝いなどで欧州に呼ばれると必ず俺の家にも遊びに来ていた。家の親父は世界的に有名な建築家でほとんど家に居た試しがなく、おふくろは元々身体が弱く、俺が小学生の時に没している。家に居ない父親の代わりにベビーシッターとして呼ばれていた女が俺の初めての女だった。一度味を覚えてからは取っ替え引っ替え色んな女と寝て見たが、結局の所、それは只の性欲処理にしか過ぎない。

ドイツ系フランス人の血を引く美貌の母の血を色濃く継いだ自分の周りには絶えず女がいたし、親父も俺の私生活についてはまったくというほど干渉してこなかった。そう、あの日までは・・・。


「んっ」彼女が小さく身じろぎした。うっすらと目を開けて俺の顔を見つめている。そのうちだんだんと意識がはっきりしてきたのか、彼女は勢いよく跳ね起きた。

自分にかけてあったブランケットを見て悟ったらしく、顔を真っ赤にしながら言った。

「すみません!私こんなところで寝てしまうなんて・・・って今何時ですか?!」

俺はちらっと腕時計に目をやって「7時ちょっと過ぎかな」と呟く。

「ご、ごめんなさい!夕飯すぐに作ります!」そういって慌ててダイニングキッチンに行こうとする彼女の手を掴み引き寄せた。

バランスを崩して丁度俺の膝の上に乗っかる様な姿勢になった彼女は大きく目を見開いて俺を凝視する。俺は努めて優しく微笑みながらその耳元に語りかけた。


「いいよ、今日は・・。疲れているんだろう?外に食べにいかないか?」

びくりと震える小さな身体を包み込むように抱きしめる。面白いぐらい抱きしめられた彼女の動揺が伝わってくる。

「あ、あのっ・・」彼女は俺の瞳を見つめ仕方が無いと言ったように息を吐き出した。

「何か・・・あったんですか?忍さん。今日、いつもより随分帰りが早いですよね?」

何かあったのかと聞かれれば、あったのかもしれないが俺は努めて軽く答える。「ん、そう?」

「そうですよ!なんか変ですよ?とりあえずこの手を離してください。晩ご飯は・・まあ私が寝ちゃったから仕方ないですけど・・。」

「何が食べたい?」

「何でもいいです。でも良いんですか?この時間、いつも忍さんどっかに行ってるのに。」

「良いんだよ。」そういって笑うと俺は手を離して彼女を解放する。

その途端、俺の携帯が鳴りだした。小さく舌打ちして着信をチェックするとあの女からだった。約束をすっぽかしたから怒っているのだろう。俺は携帯の電源ごと切り顔を上げると心配そうな彼女の顔が見えた。

「いいんですか?その電話・・なにか大切な用事とかじゃ?」

「何でもない、じゃ、行こうか。」

「・・・・・」

鍵を閉めると俺は、彼女の手を引っ張って歩き始めた。先ほどまで眠っていたからかもしれないが彼女の手はとても温かかった。何を勘違いしているのか、彼女は何か言い足そうにしているが、何と言って良いのかわからないといった感じで表情をころころと変えながらついてくる。それが何とも言えず可愛かった。

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