2話
01
ボスの指令を受け、私はカレンと共に行きつけのお店で食事を取る事にした。
街の喧騒から少し離れた場所にある小さな古いカフェには幼い頃の私を知っているおじいさんがいる。読書家で客が来たことにも気づかずに本を読むことに集中してしまうちょっとおちゃめな人だ。
「マスター、久しぶり。また来たよ」
今日もいつものように私が来たことすら気づかずに読書をしている。
私は頭が悪いからおじさんのように外の世界のことを知ろうとはしない。カレンは不思議そうに私とおじさんの謎の間を見て首を傾げていた。
「……」
「"シェフのおすすめ"のBセットを二つお願い」
いつものように私は古びたカウンターに金貨を三枚置く。
「そんなものメニューにはないけど?」
メニューを取ったカレンはシェフのおすすめBセットなんかないと律儀に私に伝えてくる。……当たり前だ、そんなものどこにも存在しない。何故ならこれは私とマスターだけしか知らない秘密の暗号なのだから。
「……はいよ、ちょっと待ってな」
マスターが懐に入れた金貨は質屋に売れば百万の値がつく、売却した資金で彼は私好みの武器を用意してくれる優秀な商人だ。
「お前の好みに合うかわからんからな。適当に見繕ってきた」
私とカレンのテーブルに四つのアタッシュケースが大きな音を立てて置かれた。一つ一つ中身を開けてみると、多人数戦に適した銃が複数入っていた。どちらも私が見る限り使いやすそうなものだった。
「ありがとうマスター、恩に着るよ」
タバコを口に咥えたまま、マスターは何とも言えないような渋い顔で私とカレンの顔を見る。
「今度の任務はガキのお守りか、アリサ。……マリアの奴、お前をそろそろ消したがってるんじゃないか」
「まさかボスに限ってそんなこと……それにこの子は普通の子と違って人殺しの経験が……」
「アイツから聞いただけだろ? お前は昔から人の言うことを信じやすいからな」
マスターからの指摘で私は気づいた。確かにカレンから自身の話を聞かされていない。
カレンは私達の会話に入ろうとはせずにお店の中を黙って覗いていただけだった。ただその横顔が辛そうに見えたのは気の所為だろうか。
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今回の指令は深夜の港で行われる人身売買の現場を抑え、壊滅させること。闇取引を行う連中は全員何かあった時の為に武器を携帯しているからある程度準備が必要。
作戦決行二時間前、私は逃走経路と武器の隠し場所を先に置くことにした。念入りに準備をしていると、カレンが私の服の端を引っ張ってきた。
「ねぇ……何で僕の過去のこと聞き出さないの?」
カレンは不安そうな表情で私の顔を覗いていた。
「私は別に他人の過去には興味はないよ。ただ聞いてほしいなら聞く耳ぐらいはあるよ」
私の反応が意外だったのかカレンは目を丸くしていた。
「……不思議な人だね、お姉さんは」
作業を終えた私はカレンを連れて宿泊しているホテルに戻ろうとしたその時だった。
「何者だ!!」
声がした方向を見ると顔を黒頭巾で隠した男がこちらにアサルトライフルを向けていた。私は即座にショルダーホルスターから拳銃を取り出し、相手の頭に銃弾を撃ち込む。
「……逃げるよカレン!」
ボスから聞いていた話だと奴らは船の中で取引を行うんじゃなかったのか?
子供を連れての銃撃戦に慣れていない私はカレンを守ることに精一杯で、敵の特徴などを把握することは出来なかった。アタッシュケースからサブマシンガン二丁を取り出し、右往左往と敵を蹴散らしていくがどんだけ殺しても敵の勢いは治まる気配は無かった。
「死ねええええええええクソアマアアア!!」
死角から現れた敵に私は腹部に銃弾を受ける。苦痛に耐えながらも私は突進をし、相手の体勢を崩したあと脳天に銃弾を数発撃ち込む。
「コイツ……さっき私を発見した奴じゃない」
頭には既に私に撃ち込まれた跡があった。私が悩んでいると、カレンは思いがけない答えを言った。
「魔女の仕業だよ」
考えてすらいなかった答えに私は思わずカレンのことを心配してしまった。
「落ち着くのはお姉さんの方だよ。……もう銃弾残り僅かでしょ」
私の背中に隠れていながらカレンは私の残りの銃弾が少ないことに気づいていた。まさか殺しても生き返る人間が相手だとは思うまい、もう護身用のハンドガンの弾しか残っていない。
銃弾が尽きれば即ち死が待っている、親友の為に生き続けようと思った私に対する罰なのか。つい弱音が零れてしまう。死なないように私は自分の腕を磨いてきた、想定外のことに対処できるように先を見通す力を身につけた。
ボスの命令があれば例え体の関係になった相手であろうが殺し、大量の屍の山を築いてきたことで私はいつしか死神と呼ばれるようになっていた。でも怪物が相手となると私はただの人間だ。
「僕は……ずっと僕の力を上手く使いこなしてくれる人を探してた。お姉さんならきっと大丈夫かもしれない」
「何を言って……」
「僕と契約をしてアリサ。君に力を貸す代わりに僕を一人ぼっちにしないで」
ふと昔のことを思い出していた。善悪の違いがわかる年頃になった子供の頃、私はボスに服従の誓いをした。私は貴方の為に自分の人生を捧げ、死ぬまで尽くすと。だが彼女からは何も恩恵は無かった。
……もう我慢の限界だった。私はカレンという少年の問いかけに応え、カレンは応えに応じるように小さな体で私にそっと抱きつき、首元に噛み付いた。
「くっ……んん……」
痛みはあったが時間が経つに連れて快楽へと変わり、私は彼と同じように小さな首元に噛みつき、血を飲んだ。見よう見まねだったが、これまで無表情だったカレンが少しだけ気持ちよさそうにしていていたのを見て私は少しだけ喜んだ。
「これで僕達は一心同体だ」
そう言うとカレンは姿を消し、気づくと私の手には二丁の拳銃が握られていた。
『アリサ、君は君らしくいつものように敵を殺して。敵の動きは僕が教えるから』
胸の中からカレンの声が響いてきたことで私はつい変な声が出てしまう。
『五時の方向に敵複数、構えて!』
カレンの言う通り、五時の方向へ銃を構えると二十人ぐらいの敵が一斉にこちらへ射撃をしてきた。
銃弾が四方八方飛び交う中で私は頭の中で的確に通り抜けるルートを描き、行動へ移した。
「あれ……動き出す気配がない」
蜂の巣にされた死人たちは一向に動き出す気配は無かった。
『僕には魔女の使い魔を殺す力があるからね、何個も銃弾なんか消費しなくてもバンバン敵を殺せるよ』
自身の身体能力が向上したことを実感した私はカレンの能力を使い、襲いかかってくる敵を全て皆殺しにした。
02
敵が全て死んだことを確認した私たちは港に止まっていた船を見つけ、中を確認することにした。
「子供が……こんなに」
船内の扉を開けるとカレンと同じ十二歳の子から十歳以下の子供、約三十人以上が中に入らせられていた。
彼らの腕を見てみるとヴァイオレット商会の紋章が腕に刻まれていた。まさか今回の作戦は全部……自作自演?
「ヴァイオレット商会は僕たちイマジナリーーチャイルドを使って軍事兵器化を企んでるんだ」
カレンは私に自分のことについて話をした。イマジナリーチャイルド、能力が使える代わりに人間としての成長が遅くなる子供たちのことを言うらしい。
「僕らはヴァイオレット商会から逃げることは出来ない。でもアリサ、君ならあの魔女マリアを殺せる」
「……」
私がカレンに力を貸さなければ彼らは親友のリナや、私のように良い様に使い果たされて死ぬだけ。ボスが私を裏切った以上、自分の好きのようにさせてもらう。リナのような人間を作り出す訳にはいかない。
「わかったよ、私は必ず君たちを助ける。絶対一人で死なせるようなことはしない」
私は子供たちを連れてマスターの元へ連れて行った。最初は驚いていたが、事情を話すと快く納得をしてくれた。
準備を整え次第、私とカレンはヴァイオレット商会への襲撃を試みることにした。