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姉が駆け落ちしましたので。シリーズ

王太子ヘンリーの初恋

作者:

短編「姉が駆け落ちしましたので。」のヘンリー視点の作品になっています。

 その女性(ひと)はとても理知的な瞳をしていた。

 青のような、灰色のような、光によって変わるその色合いは彼女にミステリアスな雰囲気を与えていた。


 真っ直ぐに伸ばした背筋に流れる黒髪はサラサラと音を立てるように美しく揺れ、思わず触れてみたくなる。

 

 なぜだろう。一目見た時から「私が求めていたのはこの女性だ」という思いが溢れ出てきた。


 そして、話をするとますます惹かれた。趣味が本を読むことであり、ちょっとした空き時間でさえ読書に費やしているなど、私と同じではないか。


 それに、知識があり語彙も豊富だ。彼女と話していると時の経つのを忘れるくらいだ。一時間の訪問では足りない、もっと一緒にいたい。そう思えるのは彼女だけだ。


 彼女の名はエリザベス・ウェルズリー。私の婚約者の妹だ。なぜこんな複雑なことになったのかというと、私と婚約者が初めて会った時に遡らないといけないだろう。


 私が十歳の時に決められた婚約内定者、アナベル・ウェルズリー。


 公爵家の長女で、私と釣り合いの取れる年頃の令嬢というだけで決められた。


 初めて会ったのは私が十五歳の時だ。アナベルは十三歳。将来の婚約者となるために親睦を深めるということで、月に一度、二人で会うことになった。


 もちろん、最初はドキドキしていた。初めて顔を合わすのだ。美しいという評判は聞いていたので、それなりに期待もしていた。


 そして彼女が部屋に入ってきた時、確かに美しいが私の好みではない、と思った記憶がある。


 蜂蜜のように濃い色の金髪、長い睫毛で大きく縁取られた緑色の瞳。人形のように綺麗な顔をしていた。それにしても、いつも首を傾げて上目遣いなのは何故なんだろう。


 彼女のお辞儀もあまり美しいものではなかったし、残念に思った。

 

 向かい合ってお茶を飲みながら私は彼女の趣味を聞いてみた。すると、


「音楽を聴いたり絵画を見たりすることですわ、殿下」


と、顎を引き上目遣いで大きな目をパチパチさせながら答えた。媚を売るようなその表情が私には嘘くさく思えた。


「そうですか。どのような絵画がお好みですか?」


 すると彼女は少し目を泳がせ、


「何でも、好きです」


と言った。


 私は事前に彼女の家に通う家庭教師から報告を受けていた。それによると彼女は病気がちでほとんど授業は受けられず、代わりに妹が受けているそうだ。


 だが目の前にいる彼女はツヤツヤとした頬はピンク色に輝き、金色の髪は煌めいて手入れが行き届いていることを物語っていた。


 絶対、病弱じゃないだろう。健康そのものに見える。


 その後、彼女の話すことといったらドレスと宝石とお菓子のことと他の令嬢の噂話。まったくつまらない。


「本を読んだりはなさらないのですか?」


 試しに聞いてみると、彼女は


「本ですか? あんなもの、暇で部屋に籠ってばかりいる暗い人が読むものでしょう?  そんなもの読む時間があったら、新しい髪型の研究でもいたしますわ」


 ふん。本を読むのは暗い人か。


 私は本が好きだ。だけど部屋に籠ってばかりではない。帝王学は学んできているし、お忍びで街に出掛けることもある。十八になれば社交界にも出るし軍にも入る。王太子として外交を任されることも出てくるだろう。

 だから、若い今のうち、時間が比較的あるうちにたくさん本を読んでおきたいのだ。


 私は目の前にいる婚約内定者にがっかりしつつ、それでもそれを悟られないように頑張った。


 だが、それも三回が限度だった。


 この一時間がなんという無駄な時間かと気づいてからは、ゆっくり本を読む貴重な時間として有効活用することに気持ちを切り替えた。


 一応、彼女にも読めるような優しい本なども机に置いて、読んでみるよう薦めてみた。しかしまったく手に取ることもせず、庭を眺めながらカールした金髪を胸元でクルクルと弄んでいるだけだった。

 時には、うたた寝していることもあったが、これに関しては私も悪いので陛下に報告はしないでおいた。


 私は恋も知らぬまま、この人と結婚しなければならないのか……。


 一応、婚約内定破棄を出来ないか契約書を見てみたのだが、明らかな過失がない場合は一方的には破棄出来ないことになっていた。


 もちろんそうだろう。そんなことがまかり通っていたら信用を無くすだけだ。


 だがしかし、私は彼女との未来を想像するのは耐えられなかった。


 そんな時、家庭教師から彼女の妹の話を聞いた。


「すべての授業を熱心に受けて下さるんですのよ」


「ピアノもお弾きになられますし、歌も上手です。ダンスも流れるように美しく踊られます」


「外国語も得意ですの。外国の本を自分で読みたい、と仰って」


「外国の本だと? 珍しい令嬢だな」


「ええ、本が大好きでいらして。屋敷にある本は全て読んでしまったから、何か貸してくれないかと言われましてね、図鑑や面白い小説などお貸しいたしましたの」


 本好きな令嬢か。どんな本を読むんだろう。


 それからというもの、その妹のことが気になってしまい、ぜひ一度会ってみたいと思うようになった。


 だが、王宮に呼ぶのも変だし、私が訪ねて行けば公爵やアナベルにしか会わせてもらえないだろう。


 そこで私は、絶対に公爵夫妻とアナベルが屋敷にいない日に妹に会いに行くことにした。それは、月に一度のお茶会の日だ。


 どうせいつもアナベルとは挨拶もそこそこに本を読んでいるのだから、似たような金髪の部下を代わりに置いておいてもわからないだろう。顔を見せなければいい。

 突拍子もない計画だとは思ったが、なんとこれが上手く行った。アナベルは影武者に気がつくことなく、一時間経つとすぐさま席を立って帰って行ったらしい。


 その間に、私はダンストン男爵としてエリザベスに会うことに成功していたのだ。


 何回も通ううちに、私はエリザベス以外の女性(ひと)との結婚を考えられなくなった。


 それで、父と母に申し出て、エリザベスとの婚約を認めて欲しいとお願いした。


 父も母も、実はアナベルの資質に疑問を感じており、婚約者を交代させたいのはやまやまであったが、やはりアナベルになんの過失も無いので難しい、という返答であった。


 やはり駄目か、、、。


 愛妾にするのはどうか、と言われたが、私はエリザベスを妾の立場になど置きたくない。彼女は陽の当たる場所にいるべき人なのだ。


 彼女の将来を思えば、私は諦めるしかない。そう思い始めた時だ。


 アナベルが不祥事を起こし、自ら退場してくれたのだ。


 私は神に感謝した。これで、エリザベスと結婚することが出来る。


 エリザベスの気持ちを確かめてはいなかったが、彼女の表情、言葉などから私への好意を感じることは出来ていた。

  

 私は、思い切ってプロポーズをした。父母の目の前であったし、ムードも何もないものだったが、彼女は耳まで真っ赤にしながら承諾してくれた。


 その時の私の喜びを何と表現したら良いのだろう。ついに、本当に愛する女性と婚約することが出来たのだ。陳腐な言い方だが天にも昇る気持ちだった。


 翌週、私は十八歳になり、エリザベスを伴って王宮での舞踏会にて婚約発表をした。


 私の贈ったドレスと宝石を身につけた彼女は輝くばかりに美しく気品に溢れ、人々を驚かせた。


 また、ウェルズリー公爵は隠居し彼女の叔父が後を継いだ。元々周囲からの評判も良かった彼が公爵になりエリザベスの後見人となったことで、この婚約は社交界から祝福されるものになった。

 

 

 私は美しく賢い妻と、落ち着いた楽しい家庭を築こう。そして民のことを考え、立派な王になれるよう二人で頑張っていくつもりだ。彼女はきっと、私を生涯支えてくれることだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今日、Amazonから訳あり令嬢でしたが~のコミックが届いたので原作も読んで感想を書こうとしたら、こちらにヘンリー側からの物語があったので読み込んでしまいました。 コミックの描写だとヘンリ…
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