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満18歳になる日

作者: 昼行灯

初投稿の小ネタSSです。

 令和2年3月2日。春の足音が聞こえつつあるこの日、我々は学び舎から巣立った。

 ――要するに卒業式だ。世間的にはCOVID-19が高らかな軍靴の音とともに日常を制圧しようとしている訳だが、よもやそんなことを答辞で述べる訳にもいかない。そこは無難に済ませておいた。

 クラスメイト及び担任教師とお別れをして、卒業証書を手に帰宅の途についた。令和の御代になっても、卒業証書はペーパーレスではなく、上質紙を古式ゆかしき黒い円筒に丸めて押し込む様式美が保たれていて、他に大きな荷物もない。


 道すがら、自宅近くのコンビニに立ち寄ってみると――

「やはりないな。これで5軒目か」

 先週までは箱ティッシュとトイレットペーパーが並んでいたはずのコーナーは、見事に空きスペースと化していた。

 衛生用品が置かれている場所。マスクがないのはもうあきらめた。しかしティッシュ類まで消え去っているのはどういうことか。逼塞するという噂がネットに流れるや、忽ちにこれである。

 学校から最寄り駅までで3軒、自宅最寄り駅からここまでで2軒。コンビニに寄ってみた結果、見事全滅。音に聞く20世紀のオイルショックの再来である。半世紀経っても人は危機を乗り越えられなかったらしい。

 いや、原材料の逼塞ではなくネットの情報が原因というのは情報技術的には大きな進歩なのかもしれない。社会的には喜ばしさのかけらもないが。


 ふと目線を向けると――ゴム用品の箱が堂々と陳列されている。

 ゴム用品の必要性を否定するつもりはない。しかし緊要なるティッシュとトレペが逼塞する中、かくのごとき不要不急の物品は事欠かないのを見せつけられると、世の不条理を感じずにはいられない。

「あれ? ゴムが気になるのかな?」

 隣ののんきな声で我に返る。

「そうだよね。ひな祭り生まれのキミ的には、明日で18歳、天下晴れてゴムも使えるもんね?」

「あのな……ゴムはあくまで手段であって目的ではないぞ」

 それ以前の問題として、コンビニ店内でゴムがどうこうという話題を持ち出すな。

「それより、5軒目でようやくこれか」

 フックにつり下げられていたポケットティッシュ6袋セット。残機1。貴重な戦利品を買い物かごに入れる。

「これ買わなくていいの?」

 だからそういう話を――いや人の買い物かごにその箱を入れるな。麗々と輝く「0.01」という文字がこっぱずかしい。

「どさくさで3箱も持って行くな」

 3箱とも戻したいのは山々なのだが、とりあえず2箱だけ戻す。

「ええ? 1箱じゃ足りなくない?」

 コイツは、そういって1箱を買い物かごに入れ直した。2箱か。カモフラージュするのが面倒だ。かさばって軽いモノ――トレペはうってつけの素材なのだが。やむを得ない。女性向けファッション雑誌にでもしておこう。「意識の高い女の人が防衛的に調達している」というメンツが立つ。サイズは大きいのもメリットだ。

 ついでにデザートの杏仁豆腐もかごに入れたら、そのついでにモンブランも入ってきた。いやお前太るぞ?


 結局二人そろってレジに立ち、1袋に一式まとめて入れてもらったので、荷物は男が持つということにして、今度こそ自宅に向かう。

「2箱で足りるかな?」

「2箱も要るか?」

 1箱いくつ入りかも知らないが、箱単位で販売されている以上、1箱で用は足りるはずだろう。

「わかんなくない? 足りなくなったら、ナマでするしかないよね? 僕的にはそれでもいいけど」

「そんな重たいことできる訳ないだろう。これから大学に入って、6年間は学業だぞ?」

「ん~、いっそ学生結婚ってのも」

「今時ソレは明らかに悪手だからな」

 コイツはそもそも脳天気すぎる。大学が4年間のモラトリアムだった20世紀は完全な過去だ。競争原理主義が浸透してきた21世紀、大学で遊んでいる余裕などない。

「だったらやっぱもう1箱要るよ。キミが18歳になるのは明日だよね? 残念ながら健全育成条例的に今日はまだアウトだから、明日までに用意するね?」

「3月3日生まれが満18歳になるのは3月3日だから、ということか?」

 そーだよー、とのんきに答えるコイツ。いわゆる幼馴染みとして、だいぶ教育してきたつもりなのだが、やはり先行きは不安な奴だ。

「じゃあそう認識しておけ。ただし明日の夜はお誕生日会でふさがるけどな」

「あ、そうだった! うちの父さん母さんも参加だし、二人きりにはなれないよね」

「町中で堂々とそういう話をする奴とは二人きりにはなりたくない」

「ええ? ひどくない? 僕といるの嫌なの?」

 ――そう露骨に落ち込んだ表情をするな。これ以上からかうと幼馴染み絶縁を食らうような気になるだろうが。


「やれやれだな。お前の認識には、一つ大きな間違いがある」

 そう切り出したら、コイツはこてりと首をかしげた。

「間違い?」

「さっき言った『3月3日生まれが満18歳になるのは3月3日だから』という奴だ」

 そう続けても、表情も首の角度も変わらない。

「それ違うの?」

「日本では、『年齢計算ニ関スル法律』という奴で年を数えることになっている。その条文は、第一項が『年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス』、第二項が『民法第百四十三条ノ規定ハ年齢ノ計算ニ之ヲ準用ス』だ」

 法律、と言われた瞬間に、頭にはてなマークが浮かんだような表情になる。

「民法第百四十三条というのは期間計算の規定。週とか月とか年とか、そういう暦で使う単位で期間を設定したときは、その暦に沿って計算する。期間満了の日は、暦で起算日に対応する日の前日とする、という規定だ。

 たとえば、今日立て替えた金は期限中で返す、ってことにする。今日は令和2年3月2日月曜日。初日は数えないから3月3日火曜日から起算する。その期限は、『1週間以内』だと来週火曜の前日、3月9日月曜日。『1ヶ月以内』だと来月3日の前日、4月2日。『1年以内』だと来年3月3日の前日、令和3年3月2日。

 という要領なんだが、これはわかるか?」

「え? うん。1週間以内が来週の今日、1ヶ月以内が来月2日、1年以内が来年の今日なんだよね? わかるよ、それは」

「そう。そして、さっきの『年齢計算ニ関スル法律』では、起算日は出生日と決められている。満年齢という奴は、その出生日から起算して何年何ヶ月何日経過した、というのを示す。

 さて問題。2002年3月3日から起算してちょうど18年後は何年何月何日か答えなさい。なお、普通は数に入れない初日が数に入っていることに注意すること」

 木魚が3回くらい鳴る程度の時間を経て、コイツはハッとした表情になった。

「もしかして、2020年3月2日?!」

「正解。満n歳になる日は、法律上は誕生日の前日。だから、3月31日に満n歳になる4月1日生まれまでが『早生まれ』になるんだ」

 常識といえば常識な話だが、意外と誤解されている場合がある件。コイツは理解していなかった、というのは当然といえば当然だが。

「って、今日?! 今日だよね?! 満18歳だよね?! 健全育成条例も児ポ法も無問題になるの、今日なんだよね?!」

 ――露骨に盛り上がるな。全くそういうところが――


「そう、満18歳だ。だから……」

 コイツに顔を寄せてやる。普段にまにました顔が忽ちゆであがった。

「アキ、目を閉じろ」

 コイツ――アキは、素直に目を閉じた。そして――

「あいたっ! なに?!」

 無防備な唇――ではなく額に、口づけ――ではなくデコピンを食らわせてやった。

「痛い! 痛いよ?! なんでデコピン?! ここはラブラブチューするとこじゃない?!」

「ここは天下の往来だぞ? こんなとこでそんなことする奴がいるか」

 大仰に痛がっているアキの目の前から離れる。

「アキ、少しは慎みを持て。お前は、ちょうど4ヶ月、私より年上なんだからな」

 そう言い残して、アキをおいて歩き始める。3歩ほど進み――


「えっ?!」

 突風。まさに突如の風。硬直している間に、スカートが大きく持ち上がってしまう。前は押さえた。けど後ろは――

「……アキ」

 おそるおそる、アキの方に振り返る。

「なに?」

「…………見た?」

「え? 見てないよ? 何も? 桃ちゃんの桃尻桃色勝負パンツなんて……」

 私は。

 助走をつけて、アキの横っ面を平手で張り飛ばした。


「見るな! いや、見えたのは不可抗力だとしても、勝負パンツとかそういうのではないぞ! たまたまこれにしただけだ! 他意はないんだからな!」

「ええ? そうなの? 桃色パンツ、かわいいじゃん」

「アキ! それ以上言ったら、今度はグーで殴るぞ!」

「う~ん、グーで殴ってもいいけど、その代わり後でゆっくり見せてよ」

「だから慎みを持てと言ってるんだバカ!」

「でもさ、晴れの卒業式でスカート詰めたのは桃ちゃんじゃん」

「それは美意識の問題だ! 今更もっさりした丈など着られるか!」

 いいけどさ~、と相変わらずのんきに言うアキに、ため息が止まらない。

 我々が入学した頃は膝上15センチ程度まで詰めるのが流儀だった制服のスカート丈。しかしなぜか昨春辺りから膝丈ていどでゆったり着るのがトレンドになってきた。とはいえ、それはどう見てももっさりしていて――

 いや、そういう問題ではない。年齢計算の話を振ったのも、ショーツ(とおそろいのブラ)も、それなりに他意はあったのだが――

「……貴様も男として、少しは理解しろ。私にだって、乙女心という奴はあるんだからな」

 アキにだけ聞こえるようにそう言って、今度こそ私は帰宅の途についた。

二人の性別を誤認させるような記述をテストしてみました。

ついでに、『まおゆう』や『ゴブスレ』のような固有名詞を出さない記述も。

恋愛…と呼べるような関係を描けなかったのでヒューマンドラマにしておきました。

この二人の設定は多少考えたので、別作品で供養するかもしれません。

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