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異世界からこの世界に転生してみたけど、俺ぜんぜん強くなかった。

作者: ねこあんま

 木曜の夜。

 定時上がりで駅前の改札口付近で待ち合わせをする。

 SNSでの連絡からしばらくして、ツレがきた。


「おっす乃木、来られたか」


「そっちも。よく定時にあがれたね」


「週末よりは時間が取りやすいから」


 ツレは乃木。

 見た目から20代後半くらいと思われる。

 年齢は聞いていない。

 マスクしてても、スタイルでそういう雰囲気出ている美人。


 勤め先は新宿で、駅に近い大きなビルの中にあると言ってた。

 いいお給料もらってそうな感じ。


 こっちは雑居ビルに事務所を構える零細企業の勤め人。

 独り身で金かかる趣味もない身なので、給料控えめでも何とかなってる身だ。


「このご時世、店やってないからあそこでいい?」


 指差したのは、チェーンの居酒屋。

 乃木は構わないと、先に歩き出す。

 気心のしれた仲っぽいが、別に付き合ってはいない。


 俺の気持ちとしては付き合いたいが、この後腐れなさそうな距離感もあって躊躇している。

 気軽にチェーンの居酒屋とか、誘いにくくなる可能性がある方向には進みたくない。


 乃木とふたりで居酒屋に入る。

 ソーシャルディスタンスを気にしつつ配置されたテーブルを避けてカウンターへ。

 顔を見合わせるよりかは、並んだ方がいいらしいと乃木が言っていたからそうしている。

 ちょっと付き合ってるふたりって雰囲気になるのも、俺的には嬉しい。


「ビール。あとポテサラ」


 席について、店員にテキパキと頼む乃木。

 頼んだビールと突き出し、そしてポテサラが来るまでの間は、お互いに軽く仕事の話をする。

 このご時世だからの不況な話とか。

 リモートワーク期間終わったけど、また始まりそうだとか。

 そういう話をして、頼んだものがきて店員が近づいてこない雰囲気になったあたりで切り出される。


「で、どこまで思い出せたの? 異世界から転生してきたってやつ」


 乃木が軽く聞いてきてるが、興味津々なのがわかる。

 俺が異世界から転生してきたことに最近気付いたと言ったら、興味を持ったようだ。


「前はあれでしょ。死ぬ直前。死に戻りが発動すると思ってたら実際に死んじゃったっていう」


 乃木に話したのは、俺が元々異世界にいて、転生してこの世界で生を受けたという話。

 俺は元々いた世界では世界の危機を救うために頑張って戦っていた。

 持っていた能力は、死んでも死ぬ前に戻れる力。

 タイプループものでおなじみのあれだ。

 死に戻り能力で勝てない相手に後出しジャンケンで勝つ、っていう方法で強敵たちを倒し続けていた俺。

 それが本当に死んでしまい、異世界に転生して、今この世界でかろうじて定職についている比較的普通の一般人なのが俺だ。


「その死ぬ前って死に戻りして敵倒してってやってたけど、どうしてそんなことしてたのかは思い出した?」


「詳しくはまだ。でも使命感強かったなぁ。やらないとーって。もしかしたらそう考えるようにっていう暗示でもされてたかもしれない」


「お前は勇者だから魔王倒せ、みたいな」


「そうそう。極めてゲーム的だけど、ゲームをプレイする側的にはそれでいいかって思い込んでしまうアレ。仕事なんだから終わるまで残業しててでもやっていけ、みたいなのと同じだよな」


「わかるわー。なんで職場で出世していく人って、そういうの他人に刷り込んでいくの上手いのよね」


「だなー。異世界のことを思い出してさ、俺って異世界転生してんじゃん、しかもチート持ちじゃんって喜んでたんだけどさ。こっちとあまり変わらないどころか、こっちの方がまだ安全だなーって」


「だよねー。いくら謎のウイルスが出回ったからって、生死絡むモンスターと戦う機会なんて、ほぼほぼ無いしね」


 乃木がそう同意する。

 ビールを空けて、次にレモンハイを頼んでいる。

 なんだか遠い目をしている。


「私も白状するとさ。異世界から転生してきたんだ」


「え」


「あなたは魔物を倒すチート持ちの勇者っぽいポジションだったみたいだけど、私は魔法の武器だったのよ。私くらいの背の高さはある大きな剣」


「ほ、ほう」


「インテリジェンスソードってやつ? 王国の剣とか言われた騎士家の宝剣でさ。ずーっと仕えてきたんだけど、なんかすんごいチート持ちの戦士が出てきて、その家の跡取り殺されて、クッソーってなったから私を使おうとしたヤツを支配してその戦士を殺そうとしたら逆にやられてさ。呪いのアイテムだーって言われて破壊された」


 なんか壮絶な話が来た。


「それで、この世界に転生してきたと」


「うん。この記憶、私生まれた時からあったわ」


「マジ? じゃあその知識を使ってこの世界でチート……」


「ううん。ただのしがないOLよ? そもそも体は剣じゃないし。小さい頃は天才扱いされてたけど、だんだんと普通に」


「そ、そっか」


「あなたはどう? 最近思い出したんでしょ? チートできそう?」


「無理。ああ、でも少しだけ得してる感はある」


 俺は自分の体に受けた傷を思い出す。

 当たり前だけど痛みもなにもないし、後遺症もない。


「死に戻りをしたから、実感としてあるんだ。経験したんだなっていう。こういうのあるとないのとで、心構え違うでしょ」


「そうね。私、ずっと落ち着いてるって言われてたから、何かあった時に仲良い子たちからよく相談されたわ。だからといってそれで得したこともないけど」


 そう寂しそうに言う乃木に、ひとつ思いついたことを口にした。


「あ。これは間違いなく得ってものがあった」


「ん? 何?」


「俺だけの得だけどさ。乃木とこうして話せるようになった」


「おっ、おおおっ! そうね、それはそうね。私も同じ」


 いやまさか、同じように異世界から転生した人がいるなんてね、乃木はケタケタ笑う。


「同じ趣味持ちを見つけたみたいな感じね」


「ああ、そうだ。そんなもん」


 彼女の心に響きそうなことを言ったのだが、どうやらその程度のものだったみたい。

 でもま、それも悪くない。


「じゃあ、出会いを祝して乾杯」


「乾杯」


 色気のないジョッギ同士で、俺たちは乾杯をする。


 それから俺たちは、こうしてお互いの前世の記憶を語り合う仲になった。

 異世界に行ったらチートで強さを味わえるなんてなかった。


 でもこの世界に転生できたから、こうしてのんびりとした新たな生を味わえているのかもしれない。


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