女神降臨
この世界に落ちてきてからもう何日経ったろうか?
一か月過ぎた頃から日数を数えるのが面倒くさくなって止めてしまった。そもそも一日の長さが違うのではないだろうか?
あれから何匹の魔物と戦ったろうか?スキルのおかげで何とか生き延びることができた。
食料も魔物の肉や森の木の実やいいろな山菜を調達することができた。
今晩の食後のデザートは女神様からもらった食料の中から見つけた生のリンゴ!
これを見つけた時は本当に喜んだ。ドライフルーツは飽きたし、森の中で調達した木の実は酸っぱいか異常に甘いかのどちらかで、そのまま食べられる実はなかったのだ。
これが女神様からもらった最後の食料だ。じっくり味わって食べよう♪
一口食べると。
美味い!
この世のものとは思えない美味さだ!
二口食べたところで・・・・。
痛・・・っ。
腹が死ぬほど痛くなってきた。痛みと共に腹の中が何か別のもの変わっていくような感覚がしてきた。
ヤバい、このリンゴは?
か、鑑定・・・。
{ユグドラシルの実}
*天界の食べ物
*人間には食用不可
げげ、食用不可! しかも天界の食べ物だって!!
足が痺れて動かなくなってきた。これ猛毒でしょ!
大急ぎでポーションを一口飲んだ。だめだ、効かない!
ええい!全部飲んでしまえ!
全部飲んで少し痛みが治まったが、体のしびれは取れない!
もう下半身は全く動かない!
ああ、このまま異世界で朽ちていくのか・・・。
異世界人と会うこともなく、魔物しか会わなかった。
エルフさんにも会いたかったな~~~。
そんなことを考えながらボーっとしていると、目の前に急に光の塊が現れてきた。
その光はだんだん人の形になってきたと思うと、美しい女性が現れた。先日見たウルスに似ているけど、少し垂れ気味の目はとてもやさしそうだった。
ウルスよりも出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。正に聖母といった雰囲気の女性だ。
ああ、とうとうお迎えがきたんだ・・・そう思ったときにその女性は叫んだ。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!あのリンゴはウルスが間違って入れてしまったの!あれは人間の食べられないもの。食べたら最後、石になってしまいます。それは私のヒーリングでも止めることはできません。私にできることは、痛みを止めてあげることだけ・・・本当にごめんなさい!」
その女性は泣きじゃくりながら俺に抱き着いてきた。
抱き着かれるとともに、光に包まれて痛みが引いていった。
「私の名はヴェルス、ノルンの一人でウルスの妹よ。」
「あのリンゴは「ユグドラシル」の実で、天界の人々の糧なの。」
「ユグドラシルって?」
石になっていく身にとってはどうでも良いと思ったが、このようになった原因ぐらいは知っておきたい。
「ユグドラシルは、この世界の始まりに生まれた樹で宇宙樹と呼ばれているわ。」
「この世界の創造主といった方がよいわね。天界と現世に存在して現世のユグドラシルは北大陸にあるわ。」
分かったようなわからないような・・・。
「あなたの持っている木刀はユグドラシルの枝から作られた物なのよ。とても丈夫でしょう。」
ああそうだ、この木刀にはだいぶ助けられたな・・。
「木刀を持たせてくれないか?最後はこいつと一緒に居たいんだ。」
「わかったわ。」
ヴェルスは木刀を俺の手に握らせてくれた。
もうほとんど握力がない。それでも木刀の持つ力のようなもが手から流れ込んでくるような感じがして落ち着くことができた。
眠い・・・。
俺がは目を覚ますと、女神様が膝枕をしてくれている。
体の痛みは全くない、手足が動きそうだ。
そうか俺はとうとう死んだんだな・・・。
俺はすくっと起き上がった。
起き上がった俺の姿を見て女神様は大きな目をさらに大きく見開いていた。
「え!・・・・ど、どうして!!!」
「いや、俺もう死んだんでしょう?」
「いえ、貴方は眠っていただけで?? どうして動けるの???」
「あのリンゴを食べて生きている地上人なんて聞いたことないわ!」
「女神様のヒールで運よく治ったのでは?眠っている間に元気になったみたいだけど。」
「私にそんな力はないし、そんな前例もないわ、眠っている間に回復するなんて!
体を精査させて!」
女神様はそういうと自分のおでこを俺のおでこに当ててきた。
うっ・・・この状況は・・・役得?
「本当に治っているわ!!、何があったのかしら?」
「そういえば、その木刀を手に持った時から妙に落ち着いてきて眠くなったな。」
「木刀?って・・・ユグドラシルの木刀ね!もしかしたらユグドラシルの加護なのかもしれない、前例はないけど・・・。」
「なんにしても本当によかったわ!!!」
満面の笑みを浮かべる女神様は、この世のものとは思えないほど綺麗だった。
いや、この世の者ではないな・・・。
「私は天界に戻りますが、その前に今回のお詫びとしていくつか貴方の願いをかなえてさしあげます。」
「こんな状況で遠慮するのも何なので、飲み干してしまったポーションをいただけますか? 最近怪我をすることは少なくなってきたんですが、無いのは流石に危険なので。」
「それなら問題ないわ、他には?」
「それなら”胡椒”みたいな香辛料があったらいただきたいのですが。肉の臭みをもう少し取りたいので」
「多分・・・このシンガルの実なんか丁度いいわよ。」
目の前にポーションの瓶と小さな麻袋が現れた。
おお、これが魔法か~! 思わず感動してしまった。
麻袋には黒い小さな実がいっぱい入っていた。
「もっといいわよ。何かない?」
「そうですね。着替えを何着かいただけると助かります。」
「他は?」
「・・・直ぐには思いつかないですね・・・。」
「ん・・・っと それなら、貴方にヒールの魔法を使えるようにしてあげるわ。魔剣無しでも使えるわよ。」
「え、本当ですか?」
「今回は特別よ♡」
体の周りが光輝いたと思うと、何かが変化していく感覚を覚えた。
これで魔法が使えるのか?
「本当にありがとうございます!!俺に何かお礼ができたらよいのですが・・・。」
「え・・・!・・・・いいのですか?」
え、何この喜び方?
「俺にできることでしたら・・・。」
「本当?・・・・・。」
「それなら、あなたが食べている肉とかを私にごちそうしてくれないかな?」
「天界から見ていて食べてみたくなったの・・・。普段は、あの実とか野菜とかだけなので。」
少しもじもじした女神様がとてもかわいい♡ ・・・って見られていたの?
「肉のストックは多いので構いませんよ。胡椒の代わりも手に入ったし。」
俺は亜空間から出て食事の準備を始めた。
2か所に竈のような感じで石を並べてそれぞれに火を起こした。
死にそうになったせいか俺も腹が減った。俺の分も作ろう。確かキラーコンドルの肉の入ったキノコ汁があったな。焼肉は一番美味しかったスピアブルのひれ肉!
片方の火には鉄板を置き、スピアブルの脂身で油を敷いてから塩、胡椒をかけたスピアブルの肉を2枚焼き、もう一方の竈にはキノコ汁の入った鍋を置いて温め始めた。
このキノコ汁に入っているキノコ、見た目は絶対NGだ!鑑定で食用と出てきたので恐る恐る食べてみたところ絶品だった。ほろ苦い中に深みのあるうまみあり、焼いてもよし、煮ても良しだ。
焼きあがった肉をお皿に乗せて、キノコ汁をお椀に注いで木のテーブルの上に乗せた。
このテーブルは太い倒木を輪切りにして足は細い木を四か所に打ち付けたている。ここまでの道中で自作したテーブルで、釘の代わりに途中で拾った細い金属の針のお尻をつぶして打ち込んでいる。あの針は何かの武器だったんだろうな・・・?
ナイフとホーク、それとスプーンもコウモリと戦った時に調達していたので二人分準備した。
「どうぞ、お口に合うかどうかわかりませんが・・・。」
「いただきま~す!」
女神様はとても嬉しそうに食べ始めた。
「美味しい!お肉も美味しいけど、このスープも美味しいわね!とても複雑な味、天界では絶対に味わうことができないわ!」
「天界では、塩味か甘いかだけだから・・・。」
「でもあの果物は死ぬほど美味でしたよ~。」
「美味しいけど毎日食べていると飽きてしまうの。」
「そうなんですか。天界の食事はワンパターンなんですね。」
「俺もここにきて最初の頃は干し肉とパンとドライフルーツだけだったので、その気持ちは分かりますね。あ、良ければパンをいただくことはできませんか?この後パンを調達するのは無理そうなので。」
「いいわよ、はい!」
亜空間の棚のところにどさっとパンが出現した。
「はやっ!」
「それなら、せっかくだからこのパンをスープに漬けて食べてみませんか?」
パンを切って女神様に渡した。
「美味しい!これはいいわね!」
「良かった。」
一通り食べ終わった後、俺は棚から木苺に似た実で作ったジャムを持ってきて女神様に渡した。
「食後にこれをパンにつけて食べてみませんか?」
「美味しい!! 甘味の中にあるこの酸味がとてもいいわね。」
「これは何?」
「ワイルドベリーの実を煮詰めてジャムにしたものです。ワイルドベリーと砂糖の代わりにリンゴに似たサンガという凄く甘い木の実を入れています。」
「へえ~、ジャムって言うの?向こうの世界の食べ物?」
「ええ、こちらの世界にはないのですか?」
「天界にはないけど、地上界にはどうかしら?そこまで気にしたことはないわね。」
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「ごちそうさまでした。」
「それでは、これで本当に失礼するわね。」
「はい、本当にお世話になりました。」
「それじゃあ、またね♡」
「はいそれでは。」
女神様は、輝いたかと思うとふっと視界から消えていった。
久しぶりに会話ができたので、とても楽しかったな~。
女神様かわいかったし。
また一人の行軍か。
少々、いや、かなり寂しくなったな。
「またね♡」か、本当にまた会えるといいな。
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「 ヴェルス!何処に行ってたの!!」
「ちょっと地上へ。」
「だめじゃない!そんな気軽に地上に行っては。地上には関与しないという聖約を破る気なの?」
「でも、ウルスがゼントさんに間違って『ユグドラシルの実』をあげるから、慌てて止めに行ったのよ。」
「え?・・・・ 『ユグドラシルの実』?? そんなものあげてないないぞ。」
ウルスが目を丸くして反論していた。
「ほら、気が付いていない! ウルスがあげた食べ物の中に混ざってたのよ!ゼントさん食べちゃったじゃない!」
「そうか・・・かわいそうに石になってしまったか・・・。」
「いえ、大丈夫だったわ!」
「ほ、本当か?確かにお前のヒールは天界一だが、あの実の力を無効化することは無理だろう!」
「ええ、私のヒールでも痛みを止めてやることがやっとだったわ。」
「じゃあ、じゃあどうして助かったんだ?」
「私にも分からない。ただ、死ぬ間際にあのユグドラシルの木刀を持ってから奇蹟はおきたの。ユグドラシルの加護かもしれない。」
「そうなのか、ユグドラシルの加護・・・それにしても、あいつはあの実を食べて生き残った初めての人間ということになるな。何か変わったことはなかったか?」
「本当に大丈夫か心配になって全身をスキャンしたけど、何も異常はなかったわ。全くの健康体。」
「そうなのか、でもこれから何が起きるかわからないから時々奴の様子を観察する必要があるな。」
「そうね。」
「ところで、 ヴェルスさん。貴方は何を食べてきたのかな?」
「え?・・・何のことでしょう?」
明後日の方向をみるヴェルスであった。